案外な時代

2017年5月8日
ちょっと前のこと、所用を済ませた帰り、時間があったので駅中の本屋を覗きました。どんな本があるのかスゥ~っと見て回っていたら、ある本で目が止まりました。中公新書の「応仁の乱」で、著者は呉座勇一(こざ・ゆういち)さんです。

この本、ケッコー売れているようで、イヤ売りたいようで、手書きのPOPが付いていました。ワタシへそ曲がりでして、ベストセラーだと分かると買いたくなくなります。でもなぜか、ホントに売れているのかと訝りながら買ってしまいました。もともと新書は好きで、というか積極的に買う本は新書でして、ちょっと専門的な内容で、読みやすくて、買いやすくて・・・新書が一番と思っています。

それで「応仁の乱」ですが、この時代のことは何も知りません。将軍は「北条」だっけ?「足利」だっけ?のレベルで、まぁ知らないから惹かれたのでしょう。この本は興福寺の2つの派閥、一乗院と大乗院のですが、この大乗院のトップとなった2人の僧が書き残したものを主体に「応仁の乱」を解説しています。

しかし「応仁の乱」は登場人物が多すぎて、紛争が多すぎて大変です。その基となっているのが足利将軍の非力さで、有力大名が幅を利かしていたり、先の興福寺が大和(奈良)の大部分を所領としていたりで、足利将軍が弱すぎたのが一因です。そうした上に”下克上”の風潮が蔓延して、大乱となったのです。

どうしても人気は信長から家康までの戦国時代や幕末に集まりがちですが、この「応仁の乱」も権謀術数や豪傑の話しなどが多くありそうで面白そうです。一度サラッと読了したのですが、細部がこんがらがっています。まだまだ混沌としているのですが、混沌を読み解きたくなる本です。

この「応仁の乱」、2度読みしなくては難解なのですが、畠山義就(よしのり)や斉藤妙椿(みょうちん)といった興味深い人物もいて、
室町時代って案外とオモシロイ時代だったのかもしれません。

映画と社会正義

2017年5月6日
随分と更新をサボってしまいました。とくに忙しかったわけでなく、とくに気がかりなことがあったわけでなく、ただ気持ちが集中しなかっただけです。つまり散漫としていただけ、気力が萎えていただけです。まだ散漫なのですが・・・。

それで何をやっていたのか?DVDを観ていました。ケッコー映画好きでして、古い映画、昔の洋画が好きでして、そんなのを中古屋さんで漁ってきて楽しむのです。以前書きましたが、レンタルビデオの草創期(30年ほど前ですが)にレンタルの取次ぎをやってまして、周りに洋画ビデオがいっぱいあったのです。でも思えば、その頃から昔のものが好きで、新作モノにはそんなに興味が湧かなかったのですが・・・。

そんなこんなで、ワタシの映画の選択は、昔観たもの、昔見逃したものがメインとなっています。それで今回買ってきたのは、「ブルース・ブラザーズ」「カッコーの巣の上で」「ガープの世界」です。「カッコーの巣の上で」が見逃したもので、やっぱりニコルソンは名優で、この映画は名作です。「ブルース・ブラザーズ」はハチャメチャですが、ベルーシのキャラクターは稀有なもので、もっと長生きして欲しかったと再確認しました。エイクロイドのトボけた味も素晴らしいですね。

それで「ガープの世界」なのですが、昔観た記憶と今回の感想が全然違っていてちょっと困惑です。頭に残っていた感想は「名作だ!」「ロビン・ウィリアムズは名優だ!」しかないのですが、なんと主人公がラストシーンで撃たれるのを憶えていなかったのです。こんなシーンを忘れて、なにが「名作だ!」なんでしょう?ヒトの記憶なんてまったくアテになりませんね。

「ガープの世界」は撃たれる。「カッコーの巣~」は窒息させられる。どちらの主人公もラストシーンで死んでしまいますが、この2作、まったく鑑賞後の印象が違うのです。違うというより正反対なのです。「ガープ」は市民運動と個人の在り方が取り上げられ、「カッコー」は個人の尊重、自由の在り方がテーマとなっていますが、「ガープ」はちょっと幸福な気持ちが湧き、「カッコー」は暗く落ち込みます。・・・でも、どちらにしても、昔のアメリカ映画には社会正義が底流にあり、観るべき価値がありましたね。

2千5百万のヒト

2017年5月2日
毎年のことだと思うけど、ゴールデンウィーク期間はケッコー暑いのです。スワッ!もう初夏かと思うほどとなり、ソノ気になって半袖でウロチョロし、夜半に震えるのです。分かっていても、ヒトは簡単にソノ気になってしまうのです。

ソノ気、とても悪いソノ気があります。「米艦防護」というマヤカシそのもののソノ気です。そもそも「防護」って、強者が弱者を「防護」するのではないでしょうか?自衛隊が米国艦船を守るって、弱者が強者を守るって「防護」じゃなく、「巻き込まれる」と表現すべきじゃないでしょうか?言葉が実態とまったく違うじゃないか!

「米艦防護」、どこぞのメディアの方の解説がありました。日本政府の狙いは3つだそうで、その1「北朝鮮への圧力」、その2「米国へのアピール」、その3「安全保障関連の実績作り」とのことです。米国艦船が攻撃される可能性は現状では限りなく低く、その護衛を実戦経験のない自衛隊がやる。ん?見世物、なにかのショーでしかありません。解説していただいた方には申し訳ないですが、猿芝居、政治ショーでしかないとハッキリ言うべきじゃないですか?

問題はこの米国の「強要」を断れない、イヤ積極的に乗っかる政治姿勢です。これで北朝鮮が暴発して「極東戦争」が勃発したら、それで朝鮮戦争が再開したら、朝鮮半島だけでなく日本にもミサイルが飛来し、日本国民の生命や財産が侵害されたら・・・。責任は北朝鮮じゃなく日本政府じゃないですか?

いまこそ北朝鮮との対話じゃないでしょうか?サリンがあるとか、核があるとか喧伝するのは判断を偏らせるだけです。思想や信条が相容れない?そんなことはどこにでもあることで、その度に戦争をやらかすのでしょうか?北朝鮮には2千5百万のヒトがいますが、2千5百万のヒトを殺す覚悟でやっているのでしょうか?なによりも、国家よりヒト、人命じゃないですか?

同じ構図

2017年4月27日
やりそうで、やらない。イヤやられたらタイヘン、やったら一気に戦争に突入してしまう。そう、北朝鮮のことです。しかし北だけでなく南もヤッカイだし、中国もロシアも、米国だってヤッカイはヤッカイで、なんだか世界中が息苦しくなっていますね。

作家の室井佑月さんの、現状の北朝鮮問題に関しての記事を目にしました。そこで安倍チャンの「いかなる事態でも国民を守り抜く!」との言を取り上げ、『ただの軽々しい言葉でしかない。』と見破っています。まさにその通り。なぜなら、小泉政権以降の北朝鮮外交はほとんどナッシング、何もやっていません。米国や韓国からの情報を鵜呑みして、自らの目では何も見ておらず、北朝鮮の状況を何も知らず「国民を守り抜く!」なんて、ただの空念仏です。

次に、危機を煽る政権やマスコミを批難しています。安倍チャンの「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」というやつですが、これってイラクを襲った(開戦じゃない、一方的に攻撃した)ブッシュ政権と同じ手口じゃないですか?大量破壊兵器がナンチャラって理由で、イラクを蹂躙したのと同じです。(マイケル・ムーアが「華氏911」で描いている、恐怖の押し付け、政府が恐怖を撒き散らし攻撃の大義として、ブッシュ関連企業が陰で大儲けの構図です。北朝鮮も同じか?)

米国のイラク攻撃の結果、多くの罪のないイラク人が犠牲となり、多くの若い米兵が悪魔の手先となり、後遺症とともに多くの怨みを双方に根付けました。今回は、サリン付き爆弾を落とされる前にやっつけろ!と煽っています。そこで怖ろしいのは、米国の911に代わる日本の911で、攻撃を正当化する”代償”です。(北朝鮮のテポドンで東京タワーやスカイツリーが爆破されたら、即座に報復となるでしょう。この場合の東京タワーやスカイツリーが”代償”となるのです。)

ブッシュは無能・無知と言われながらも、膨大な利益を自らのグループのため確保しました。その陰で、多くのイラク人が、多くの米兵が戦死したり傷つき病んでいます。同じことが、この国で起こりえる事態となっています。「国民を守り抜く」よりも、まずは北朝鮮と対話する努力を尽くせよと思うのです。対話がゼロではオカシイでしょう?いまさらでしょうか?

ピニュ、ピニュ

2017年4月25日
やっと天候が落ち着いてきたようで、朝晩はちょっとばかり冷えますが、風はだいぶおさまってきています。やっと春かなと思うのですが、ひょっとして初夏?

我が家には1個だけ目覚まし時計があります。昔、ホントに昔、15年ほど前までは3~4個ありましたが、フツ~の目覚ましは耐用年数2~3年のようで、すぐに動かなくなり1個だけになりました。朝早く絶対に起きなきゃという状況が少なくなったこともありますが、目覚ましのお世話になることはメッキリ少なくなりました。

1個だけ残った目覚ましですが、これは超異例でもう35年ほど使っています。単三電池2個を入れますが、新品電池だと2~3年もちます。そうなると、いつ交換したかはトーゼン忘れちゃいますよね。そうなると、動いているものですからいつまでも交換しないで放置してしまいます。ちょっと前のこと、目覚まし時間をセットしたのですが、朝、枕元で変な音がするのです。

フツ~の目覚まし音は「ピッピ、ピッピ」なのに、低く弱く「ピニュ~、ピニュ~」と唸っているのです。目覚ましの音とは思えなく、最初はビックリしましたよ。電池がヘタっていると気づいたのは、10分ほど時間が遅れているのに気づいてからで、電池を交換すると「ピッピ、ピッピ」が復活しました。よく使えるものです。でも「ピニュ~、ピニュ~」も可愛くて良かったのに・・・。

ちょうど今、復興大臣辞任のニュースが入ってきました。復興大臣のくせに「まだ東北で、あっちの方だったから良かった。首都圏に近かったりすると、莫大な、甚大な額になった」と、復興大臣が言ってはいけない、政治家だけでなく、フツ~のヒトでも言ってはいけない言葉を吐きました。でもヒトは心にないことは口から出てこないものです。このバカ大臣は「東北で良かった」、東北の被害は「膨大でも、甚大な額でもない」と心に思っているのです。スクイ難いバカですね。

まぁ大臣になりたくて、ゴマすりまくって、「安倍チャン万歳(マンセー)」で大臣になったのでしょうが、逆に己のバカを晒してしまっただけです。まぁ自民党に限らず、きょうびの政治家なんてこんなのバッカですね。・・・なんか木に竹を接いだようなことを書いてしまいました。
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Author:等閑堂
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