No Direction

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2017年9月7日
またまた鬱陶しい一日となってしまいました。雨降りはキライじゃないけど、それはボォ~と窓から外を眺めている時間が好きなだけで、小雨に濡れ続ける外出は勘弁です。えぇ?傘ささないのかって?そう、よっぽどの降りじゃない限り傘は持ち歩きません。メンドーで、邪魔くさくって・・・。

先日、新しい趣味となったDVDアサリをやっていましたら、洋画のRの棚になぜかディランの「No Direction Home」がありました。これ観たかったのです。しかも2枚組みが1,000円ちょっと。もうワタシに「買ってください」と言わんばかりで、しかも監督は(マーチン)スコセッシで即決です。

監督がスコセッシ?昔の映像やTV放映されたものや、ステージでの演奏やパーソナルな映像に、ディラン自身のコメントを入れて、スコセッシが編集したという感じでしょうか?でも映像の所々に、後のスコセッシの映画、「LAST WALTZ」や「KING OF COMEDY」に出てきたようなシーンがあってオモシロイのです。そしてとても個人的な思いですが、ディランのアルバム「FREE WHEELIN'」で、ディランにしがみついて歩くスー・ロトロがインタビューに出てきて、50年前の面影が残っていてビックリです。

そして何よりも観たかったシーンが、マイケル・ブルームフィールドとザ・バンドの登場です。(アル・クーパーも出てきたけど)マイケル登場シーンのギターの音がカッコよくて、ディランに「本当のブルースを教えに来た」とのセリフ、これはサイコーですね。でもフォークからロック転向の象徴がマイケルでして、すごいブーイングを浴びるのです。

この映画は初期ディランの音楽変遷が描かれていますが、ディラン自身の変遷はミュージシャンとしてみれば自然なことですが、当時の米国は既に音楽産業が巨大化していて、フォークのプリンスの転向はファンだけでなく、業界そのものの反発が大きかったようです。マスコミとディランのインタビューシーンが多くあるのですが、マスコミの質問が実にくだらなくて、それに辛辣に反応するディラン、やり返すディラン、これがとてもオモシロイのです。

そしてこの映画の大きな特徴は、社会の変化、人々の意識の変化が見て取れる点です。ケネディ暗殺、ワシントン大行進、公民権運動といった社会の変動とディランが噛み合っています。ディランは偏屈とか言われるけど、彼の特異な点は、彼がマスコミや音楽産業に縛られたり、操られていないということです。これパフォーマーとしてもっとも重要なことで、自らを貫く、これ大変なことなのです。
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