宗教は難しい

2017年8月3日
内閣改造とのことで、新閣僚の名前が挙がっています。ちっとは興味を持ったほうがいいとは思いますが、あまりにヒドすぎた「お友達内閣」を少しばかり改善しようとしているだけです。あんまりシラけたこと書くのはヤメましょうね。

今日は時期的に的を得た話題で、「檀家制度の廃止」というニュースです。「このままでは檀家は増えません。見性院(お寺の名前)は衰退して、やがては存続の危機を迎えます」。これは檀家制度を廃止した埼玉のお寺の住職の弁ですが、このお寺、宗教・宗派、国籍も問わない、檀家ではない信徒を対象とした宗教活動に移行したとのことです。

さらにこの住職、こういうことも述べています。「お寺が収入を増やすことは悪いことではありません。お寺も経営力を持って初めて、地域や信徒のためになる社会事業を行えます。葬式や法事も取引である以上は、僧侶も半分はサービス業です」。やっとというか、ついにというか、半分ですが、宗教は商売という発言が宗教者から出てきました。そしてさらに商売として、お布施や戒名の価格を明朗会計化して値下げし、アマゾンの「お坊さん便」にも賛同し、そして決定打は収支を公開している点です。

「ん?会社じゃん?」と思いますが、宗教行為ってほとんどが葬儀だと思いますが、葬儀費用の明確化は望ましいことですが、詳しいことは知りませんが、免除される税金との整合性は取れているのでしょうか?まぁ税金はともかくとしても、葬儀って慣習のカタマリで、国籍や宗教を問わない葬儀ってOKなんでしょうか?なんだか分からないことだらけで・・。

この記事、半信半疑なのです。檀家制度の廃止はいいことと思いますが、明朗会計もいいことと思いますが、僧侶がいつまでも尊崇される存在じゃないこともありますが、こうした直截的な変化でいいのだろうかと思うのです。「イヤ僧侶じゃない!お経だ!」「お寺じゃない!自分の気持ちだ!」と、宗教(葬儀)に寄せる思いは各人各様です。お寺の商売化は避けがたい変化なのかもしれませんが、自分一人で決めつけられない問題でもあり、葬儀という一面でも宗教は難しいですね。

「葬式はなくなる」。これはもう10年以上前に、名古屋の葬祭業者から聞いた言葉です。100年、200年というスパンで見ればなくなる可能性はあるでしょうが、でもそれは葬儀が副次的な行為となったときです。葬式は二の次、これも考えれば怖いことですが・・・。やっぱり宗教は難しい。
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