同じ構図

2017年4月27日
やりそうで、やらない。イヤやられたらタイヘン、やったら一気に戦争に突入してしまう。そう、北朝鮮のことです。しかし北だけでなく南もヤッカイだし、中国もロシアも、米国だってヤッカイはヤッカイで、なんだか世界中が息苦しくなっていますね。

作家の室井佑月さんの、現状の北朝鮮問題に関しての記事を目にしました。そこで安倍チャンの「いかなる事態でも国民を守り抜く!」との言を取り上げ、『ただの軽々しい言葉でしかない。』と見破っています。まさにその通り。なぜなら、小泉政権以降の北朝鮮外交はほとんどナッシング、何もやっていません。米国や韓国からの情報を鵜呑みして、自らの目では何も見ておらず、北朝鮮の状況を何も知らず「国民を守り抜く!」なんて、ただの空念仏です。

次に、危機を煽る政権やマスコミを批難しています。安倍チャンの「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」というやつですが、これってイラクを襲った(開戦じゃない、一方的に攻撃した)ブッシュ政権と同じ手口じゃないですか?大量破壊兵器がナンチャラって理由で、イラクを蹂躙したのと同じです。(マイケル・ムーアが「華氏911」で描いている、恐怖の押し付け、政府が恐怖を撒き散らし攻撃の大義として、ブッシュ関連企業が陰で大儲けの構図です。北朝鮮も同じか?)

米国のイラク攻撃の結果、多くの罪のないイラク人が犠牲となり、多くの若い米兵が悪魔の手先となり、後遺症とともに多くの怨みを双方に根付けました。今回は、サリン付き爆弾を落とされる前にやっつけろ!と煽っています。そこで怖ろしいのは、米国の911に代わる日本の911で、攻撃を正当化する”代償”です。(北朝鮮のテポドンで東京タワーやスカイツリーが爆破されたら、即座に報復となるでしょう。この場合の東京タワーやスカイツリーが”代償”となるのです。)

ブッシュは無能・無知と言われながらも、膨大な利益を自らのグループのため確保しました。その陰で、多くのイラク人が、多くの米兵が戦死したり傷つき病んでいます。同じことが、この国で起こりえる事態となっています。「国民を守り抜く」よりも、まずは北朝鮮と対話する努力を尽くせよと思うのです。対話がゼロではオカシイでしょう?いまさらでしょうか?
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ピニュ、ピニュ

2017年4月25日
やっと天候が落ち着いてきたようで、朝晩はちょっとばかり冷えますが、風はだいぶおさまってきています。やっと春かなと思うのですが、ひょっとして初夏?

我が家には1個だけ目覚まし時計があります。昔、ホントに昔、15年ほど前までは3~4個ありましたが、フツ~の目覚ましは耐用年数2~3年のようで、すぐに動かなくなり1個だけになりました。朝早く絶対に起きなきゃという状況が少なくなったこともありますが、目覚ましのお世話になることはメッキリ少なくなりました。

1個だけ残った目覚ましですが、これは超異例でもう35年ほど使っています。単三電池2個を入れますが、新品電池だと2~3年もちます。そうなると、いつ交換したかはトーゼン忘れちゃいますよね。そうなると、動いているものですからいつまでも交換しないで放置してしまいます。ちょっと前のこと、目覚まし時間をセットしたのですが、朝、枕元で変な音がするのです。

フツ~の目覚まし音は「ピッピ、ピッピ」なのに、低く弱く「ピニュ~、ピニュ~」と唸っているのです。目覚ましの音とは思えなく、最初はビックリしましたよ。電池がヘタっていると気づいたのは、10分ほど時間が遅れているのに気づいてからで、電池を交換すると「ピッピ、ピッピ」が復活しました。よく使えるものです。でも「ピニュ~、ピニュ~」も可愛くて良かったのに・・・。

ちょうど今、復興大臣辞任のニュースが入ってきました。復興大臣のくせに「まだ東北で、あっちの方だったから良かった。首都圏に近かったりすると、莫大な、甚大な額になった」と、復興大臣が言ってはいけない、政治家だけでなく、フツ~のヒトでも言ってはいけない言葉を吐きました。でもヒトは心にないことは口から出てこないものです。このバカ大臣は「東北で良かった」、東北の被害は「膨大でも、甚大な額でもない」と心に思っているのです。スクイ難いバカですね。

まぁ大臣になりたくて、ゴマすりまくって、「安倍チャン万歳(マンセー)」で大臣になったのでしょうが、逆に己のバカを晒してしまっただけです。まぁ自民党に限らず、きょうびの政治家なんてこんなのバッカですね。・・・なんか木に竹を接いだようなことを書いてしまいました。

刻苦の民

2017年4月20日
ヒトの言動や組織の実態などを見て、咄嗟に「このバカタレ!」と反応することは、世の中ソウソウありません。それが政治家と官庁にタテ続けにありました。政治家は安倍チャンで、官庁は文科省です。

まず安倍チャンですが、このバカ「私が申し上げたことを忖度していただきたい」と言いやがったのです。とある商業施設のオープン式典でのことですが、内容は他愛ない地方の名産品についてで、各地の名産品を挙げたあと「残念ながら山口県の物産等々が書いてありませんが、おそらく(店頭には)あるんだろうと思います。よく私が申し上げたことを忖度していただきたい」とノタマッタのです。

「喉元過ぎたら・・・」を実践したつもりでしょうが、もう過去のこととしたいのでしょうが、森友”忖度”疑惑はなにも終わってはいません。野党がモタモタしていますが、安倍チャンやバカ嫁の疑惑はまったく判明していません。余裕をカマしているのかもしれませんが、国民や野党をバカにしすぎてはいませんか?

次は文科省ですが、文科相のバカは「先輩証」です。文科相を退職したOBに対して、「先輩証」なる証明書を発行していたそうです。(省庁のやることか?)そしてこの「先輩証」を携行すれば、堂々と庁内を闊歩できるそうです。まぁ省庁ですから誰でも自由に闊歩できるワケはなく、それなりの関係者しか出入り自由じゃないでしょう。それじゃ「先輩証」を入手できた一部の先輩を出入り自由にする理由は何でしょう?

文科相はいま天下り斡旋疑惑じゃなく、天下り斡旋事業で問題となっています。斡旋事業を省を挙げてやっていたワケで、その打ち合わせのための省内出入り自由の「先輩証」だったのでしょう。しかし、いくら鼻薬や口利きが横行する、フツ~のこととなっているとは言え、なにも省内で打ち合わせする必要はないでしょう?でも省内でやりたいと、だから「先輩証」を発行しなければならなかったのでしょう。バカですね。

どちらの件も「バカじゃん?」の一言で済まされてしまいますが、どちらも国民の税金で、国民の付託を得ているとばかりに好き勝手やっています。今、国民と打ったつもりが「刻苦民」となってしまったのですが、ホントに国民は刻苦の民でして、ホントはバカな話しでは済まないのです。

難解な記事

2017年4月19日
今年の春は異常に暖かいようですが、当地では異常に強風の日が多いのです。我が家は利根川の大きな橋の近くにありまして、大きな河原があるということで、強風が河原を吹きすさぶさまケッコー凄まじいのです。

ネットニュースを読んでいましたら、安倍チャンが北朝鮮状況を語っている記事がありました。ワタシの理解力が不足しているのか、記事を読む目がクモッテいるのか、記事を書いている記者の作文能力の問題なのか、???、どっちなの?何を言いたいの?不思議な記事を見つけてしまいました。

ちょっと安倍チャンの言を並べます。
①「北朝鮮が真剣に対話に応じるよう圧力をかけていくことが必要だ」
②「上陸手続き、収容施設の設置および運営、(日本政府が)庇護すべき者にあたるかのスクリーニングといった対応を想定している」
③「北朝鮮は軍事力を誇示しているが、外交努力を通じて平和を守ることが重要だ」
④「同時に、『対話のための対話』では意味がない。トランプ米政権はこれまでの『戦略的忍耐』という考え方はとらないことを明らかにしている。全ての選択肢がテーブルの上にあるという考え方に立って問題に対処しようとしていることは、わが国として評価している」
⑤「米国や韓国と緊密に連携しつつ、中国に対し、さらに大きな役割を果たすよう働きかけていく」

流れを読み解かなければなりません。①で対話の重要性をあげ、②で朝鮮半島有事の際の対応、金王朝崩壊後の想定を説き、③でやっぱり平和を守るに戻り、④で米国の『戦略的忍耐』の放棄、すべての選択肢、つまり開戦もあることを評価し、⑤でとりあえず中国に下駄を預けるとなっています。①や③で平和的な解決を匂わせていますが、④で『対話のための対話』を否定して、武力をチラつかせて、⑤で中国の対応を待つ・・・ということですよね。

これワタシの読解力では、武力衝突(開戦ですね)となったら中国の責任で、日米は仕方なく参戦すると言っているように思えます。北朝鮮を庇護する気はありませんが、日朝間では「対話」がまったく無く、「対話」の努力すら無いのが現状です。こんな状況で開戦となれば、それじゃシリアに突然爆弾を落とす米国となんら変わらず、これが「戦争を放棄」した国のやることでしょうか?

しかし、この記事の難解さは何でしょう?これも責任逃れ?「文責はありません」と逃げるための難解さなのでしょうか?

記録と記憶と

2017年4月13日
ニュースのヘッドラインを見ただけですが、なにやらデジタルカメラ市場がスゴク縮小しているらしいです。そういえばワタシもデジカメ7~8年買ってませんし、購買意欲そのものが湧いてきません。なんでもピーク時の5分の1らしくて、ワタシ仕事としてカメラハードから離れてよかったのかな?

こう見えても(見えないけど)ワタシ、カメラコレクターでして、コンパクト・一眼・中判・大判カメラまで100台を越すカメラを所有していました。それがコレクター期の終わりの頃には、蒐集することの虚しさのようなものを感じていました。100台あっても物理的に、時間的に使えるカメラは数台で他はただ持っているだけです。所有している喜びより、使えない虚しさの方が大きくなってヤメました。

その時もう一つ考えたのが、写真にとって重要なのはハードなのか、ソフトなのかという問題です。ハードはもちろんカメラそのものですが、ソフトはプリントの作り方もあり、プリントの飾り方や見せ方もあります。簡単にカメラハードとアルバムや額縁では、どちらが写真を楽しむために重要なのか?そんなことを思ったのです。

この考え方でカメラ市場を見ると、この国の市場はカメラハードに大きく偏っているのです。高い一眼レフで撮影して、数百円のプラスチックフレームに飾る。数十万円のカメラはあっても、数千円の額縁はなかなか無く、あっても売れないのです。でも飾られる写真とは、その方にとって大切な家族だったり、恋人だったり、好きな場所だったりします。そんな写真を飾るのに百均のような額縁でいいのかと思い、重要なのはソフトじゃないかと思うようになったのです。

これは現状のデジカメ時代では、さらに甚だしい偏りとなっています。ワタシはデジタル過信の時代と思っていますが、写真は記録であり記憶であるのですが、記録や記憶とデジタルはホントは遠い存在なのです。理由の一つは記録媒体で、媒体(フロッピーやCDやフラッシュメモリー)は時代とともにイヤでも変りますし、大量記録はいつだって大量記録喪失と隣合せで、永続性があるワケもないのです。

そして記憶ですが、モニターで見た画像は記憶から簡単に消え去ります。昔見た映画を再度見ると、ナント記憶違いが多いことか?ヒトの脳は記憶を都合よく捏造しますので、とてもアテにならないものなのです。それじゃどうするのとなりますが、記憶を保つには、やはりモノとして、形を伴ったモノじゃなくてはダメなのではないでしょうか?

デジタル機材は電気と電波がなければ何の役にも立ちません。デジタル全盛の時代ですが、プリントして飾る習慣が消え去ろうとしていますが、ワタシは今の時代こそアルバムや額縁が必要で、飾るモノが広がることがカメラ復権に繋がるのではないかと思っています。ゴメンナサイ。業界人としての意見を開陳してしまいました。
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等閑堂

Author:等閑堂
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