same is lame

 先日のこと、電車に乗っていてボォ~っと窓の外を眺めたり、車内を見回したりしていたら、灰色がかったブルーというか、灰色がかったブルーグリーンというか、そんなアイマイな色のTシャツを着たヒトが突っ立っていました。そのTシャツの背中の高い位置、肩の下ほどに「same is lame」と書かれていました。こんなTシャツ、既製品じゃないですよね?

 「same」「lame」と韻を踏んでいますが、「lame」って何だっけ?少しばかり考えて「レームダック」の「lame」じゃないかと思ったのですが、辞書を引いてみたら正解でした。「lame」は、足が不自由とか歩行困難とかが直接的な意味ですが、それじゃ「same is lame」はどう訳するのか?

 「lame」の別の意味を探すと、「下手な」とか「まずい」とか「時代遅れ」とかが出てきました。これですね。「same is lame」は、「同じものはダサい」とか「ほかと同じじゃカッコ悪い」としたほうがいいんじゃないでしょうか?そう読めば、なかなかスルドイ指摘ですね。

 「same」とはいわば「流行(はやり)」で、世の中の食べ物にしろ、ファッションにしろ、思想の傾向(簡単にいえば風潮ですが)にしろ、波のように寄せたり引いたり、風のように吹いたり止んだりしています。ただきょうびの「流行」は、世間に大量に露出することでチカラワザで広められるものが多く、社会的な影響を考えれば害悪と思われるものまであります。(何のことかは想像におまかせしますが・・・)

 昔、バブルの頃、ワタシ写真屋さんでカメラを売っていました。よく売れましたが、お客さんに「どんなものを撮りますか?」と聞くと、「えぇ?」と考え込むヒトが多くいました。カメラを買う動機が友達が持っているとか、お隣さんが買ったとかで、何かを撮りたいじゃなかったのです。

 とても不純な動機じゃないでしょうか?でも流行っているカバンや時計を買う。カッコいい服を買う。こうした動機を不純と言い出したら、純粋な買い物って何なのとなってしまいます。誰が何を買おうと勝手でして、カメラを1~2度使っただけで押入れに押し込んでも咎められることはありません。

 でも、だから「same is lame」なのじゃないでしょうか?「流行」とは字の如く流れて行くもので、流れてどこかへ消えてゆくもので、その中に自分の思いと自分のおカネも一緒に消えてゆく。「イヤ、オレの思いは消えないよ!」そんな生き方をしたいのなら、やはり「same is lame」じゃないでしょうか?
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楽しければ・・

2016年7月26日
世の中って変わらないな~と思うこともありますが、ドンドン変わっていくな~と思うこともあります。経済活動は絶え間なく続いていて、世の中に新しいものがドンドンと供給されるわけですから、変わっていくのがフツ~です。でもヒトそのものはどうなんでしょう?

これで世の中が変わると思えるものにドローンと車の自動運転があります。IoTとかFintechと言われるものもありますが、これってインターネットを使った新技術とか、プログラミングでナンタラ(よく分からない)するものでしょう?やはり我々の生活を変えそうなものは、ドローンと自動運転じゃないでしょうか?この2つは流通や自動車産業を変えてしまう可能性がありますから、生活までも変えてしまいそうですから・・・。

そしてこの2つには、法律が追いついていないという現状があります。法律を作ってでも進められる、進めなければならない技術なのです。そうすると好きや嫌いじゃなく、興味の有る無しではなく、否も応もなく、そうした技術に自分を合わせなければならなくなります。世の中が変わるのですから・・・。

それでポケモンGOですが、ワタシはゲームはやりませんのでどうでもいいのですが、やらなければ無害かと言えばそうじゃありません。交通事故じゃないけど、受動、モライ事故が起こりえるからメンドーです。そうポケモンやりながらの車や自転車があり得るからメンドーです。そう彼らがメンドーなのです。

ケータイ電話で大声で喋るヒト、歩きながらスマホを凝視しているヒト、これまでもメンドーなヒトは多くいましたが、この中にポケモンが入ってくるわけです。世の中いろんなものが出てきますが、それに合わせてヒトも変わっていかなければならないのでしょうが、でも儲かればいいってもんじゃなく、楽しければいいってもんじゃないのです。

否も応もなく変わっていく世の中ですが、変ってはいけないものがある。儲かればいい、自分が楽しければいいじゃないのです。ジジくさいですが、世の中、自と他で成り立っているのですから・・・。

ニュースの切り口

2016年7月21日
今日、米国の大統領選に関するもの、その中でもトランプ夫人のスピーチの盗用問題が取り上げられていました。また、ロシアのオリンピックでのドーピング問題で、ロシア全体を対象として処罰するのか、疑わしい選手だけなのか?そんなことがニュースとなっています。

でも、これどちらも、この国で、日本人の耳目を集める問題かと言えばNo!でしょう。米国の大統領選に参加できる国籍日本人はいないでしょうし、ロシア選手の出場の可否は、厳密に言えば対戦するであろう選手にしか関わりないでしょう。そんなニュースはとおりイッペンで充分じゃないでしょうか?

さして重要な問題じゃないこうしたニュースを熱心にこの国のマスコミは流しますが、肝心な情報は隠したままとか、見ないふりを平気でやります。でも情報というものは出すほうの意図や読むほうの切り方によって、まったく違う問題となってしまうのです。これはラジオで佐藤優さんが言っていたのですが、マスゾエマターで騒いでいた頃、規定の5倍の宿泊費を使ったことでマスコミはマスゾエを非難しましたが、なぜ規定の5倍の費用を払えたのか、こっちの方が問題と彼は指摘しました。

行政にしろ、企業にしろ、家庭にしろ、予算を決めて行動します。その予算が初めから規定の5倍用意されることはなく、特別な予算を計上しないかぎり宿泊費は規定分しかないのが普通です。ということは、都は5倍の宿泊費を予め用意していたとなります。佐藤優さんが問題とするのはここで、都の歳出そのものに問題があるのではないか?これが彼の切り口で、この切り口に拠って、この問題の主役はマスゾエ個人から東京都そのものになるのです。

どっちが都民にとって重要かと言えば、トーゼン東京都です。東京都の歳出が規定どおりであれば、マスゾエは活躍できなかったわけです。同じように多くのヒトが気づかない、忘れてしまった問題が東京都にあります。憶えているでしょうか?テポドン慎ちゃんがやった「尖閣買う買う」サギで、これで集まった5億円ほどの寄付金はどうなったのでしょう?

マスゾエにも問題はありましたが、本当の問題は東京都にある。情報は切り方次第でこんなに変わってしまう。ニュースの読み方は難しいのです。

NHKタタキ

2016年7月18日
改憲論議が大きくなってきています。参議院選挙で自民と公明で3分の2を超えたことで、憲法改正論議の道が開けてしまい、本当に改憲が見えてきてしまいました。

なぜこうなってきたのか?なぜこんな危険な時代になってきたのか?理由(いや原因か?)はいろいろあります。まぁ安倍チャンという右曲がりオボッチャンが、過分な権力を握ってしまったことが要因の一つですが、やはりもっとも大きいのはマスコミの弱腰、日和見主義にあります。(商業主義も)

憲法は権力者の行き過ぎを抑えるためのもので、国民を規制するものじゃありません。マスコミも国民の一端でしょうから、権力者から規制を受ける謂われはありません。でもそこはうまくやったもので、規制ではなく影響力をヒケラカシて圧力をかけて、マスコミが自主規制するように仕向けているのです。それで賢明な商売人集団であるマスコミは、官邸前デモは報じない、沖縄の現状は伝えない、東芝は叩かないという規制を先回りして行っているのです。

戦争ができる国となった現状を思うと、参院選でいまだ自民に票を投じる国民の数を思うと、マスコミの自主規制の悪影響の大きさに感嘆せざるえません。3分の2の意味合いを高知県では80%ものヒトが理解していなかったそうで、神奈川でも60数%が理解していなかったそうで、マスコミの不作為の罪は重いのです。

どうしたらこのマスコミの自主規制、不作為を改めさせられるのかと思うのですが、ワタシ自身はテレビも見ず新聞も買わないマスコミ嫌いを通していますが、これをヒトに勧めてもイヤな顔をされるだけで効果はありません。なにか策はないのか考えていたら、ありました。NHKを標的にするのはどうでしょう?

自主規制とか不作為という点ではNHKは先端を走っています。民放や新聞社は私企業ですから、編集方針と強弁されればそれ以上の批難はできませんが、その点、NHKは公共放送という立場です。視聴者の意見をいつまでも無視し続けるられるのか、これやり甲斐があるのではないでしょうか?

おそらく官邸前デモも沖縄の現状も、すでに多くの質問や苦情がNHKに寄せられているでしょう。こうした苦情とNHK聴取料をリンクさせちゃえば、と思うのです。そのためには、まずは銀行引き落としを止めましょう。支払い方法は強制されませんから。すると徴収人が来ます。そこでなぜ官邸前デモが報じられなかったか、NHKの見解を要求し、見解をもらえるまで支払い拒否とやるのです。「公共放送でしょう?」とやり、まずNHKを叩くのです。如何でしょう?

死ぬまで働け

2016年7月14日
今週に入ってニュース花盛りです。もちろん参議院選の結果で3分の2がクローズアップされ、都知事選の公示で立候補者の顔ぶれが揃ってと話題に事欠かないのですが、なんといっても天皇陛下の生前退位、生前譲位のニュースが一番のビックリです。

この話し、宮内庁関係者からのリークでニュースとなったのですが、でも宮内庁は「そのような話しはない」ととりつく島がありません。なのになのに、さらに2~3年前から退位の意向を漏らしていたとの話しもあります。なんでしょうねこれ?天皇陛下の進退を、役人ごときが操作(利用)しようと思っているのでしょうか?

多くの方の感想は「いいこと」で、ワタシの感想も同じです。天皇陛下の公務軽減がちょっと前に話題となりましたが、その際天皇陛下は、「公務を減らして天皇と言えるのか?」との主旨の言を仰ったそうです。この公務軽減の話しを以ってしても、数年前から退位の意向はあったのでしょう。

この問題、法律が絡んで難しいのです。難しいのは天皇陛下の存在をどう捉えるかで、ヒトそれぞれの天皇観が”神”から”人間”まで違っているから、それを法律で括るのが難しいのです。ワタシは天皇陛下を”神”とは思っていませんので、第二次大戦後の”人間宣言”を基点とすべきと思います。”人間”としての天皇を基点として、退位を考えるべきだと思うのです。

そう考えれば、皇太子の摂政とか上皇とかいった問題から開放されるのではないでしょうか?そうすると、日本の歴史が否定されてしまうと反論されそうですが、それは歴史と神話がゴッチャになっているだけです。またこれはこの国の特徴だと思うのですが、この国の場合、本当の意味での権力者は戦国大名くらいのもので、歴代の天皇が自ら権力を振るった例は少ないのです。

それでは誰が権力を振るうかといえば、”君”(天皇)の側にいるもので、昔でいえば”君側の奸”、戦前の”輔弼(ほひつ)”を自称していたものです。この国の権力体制は永らくこうした二重構造となっていたのです。これは現在も変わらず、天皇を利用しようとするバカモノはいるわけです。あくまでも天皇は”人間”として、もちろん人間なのですから、死ぬまで働けの原則は変えたほうがいいでしょう?
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等閑堂

Author:等閑堂
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