村をつくる

2016年3月30日
また、マラソンの福士加代子さんが面白いことを言っています。「1億円もらって村つくるべ!」です。なんでも実業団マラソン特別強化プロジェクトというのがあって、福士さんは2時間22分台を出して500万円の褒賞金をもらったのですが、この日本記録更新の褒賞金が1億円で、福士さんはやる気満々なのです。この現金を目の前にぶら下げる手法はどうかと思うのですが、彼女の返答は「村つくるべ!」です。

正確には福士さんは、「青森に好きな人だけ呼んで村をつくりたい。1億円で村つくれるのかな?」と言っています。これは1つの共同体、コミニュティをつくるという事で、突拍子ない、とても大きな夢で、とても素晴らしい目標です。これは家をつくる、車を買う、世界旅行に行く、いろんな夢があるなか、自分だけじゃなく、家族だけじゃなく、多くのヒトをまとめるものだから、とても大きい夢なのです。

ご本人がどう考えているかは知る由もありませんが、単純に広い土地に家を何軒かつくって共同体的に暮らすことかもしれませんが、でもワタシが受け取ったのは、「村」の中身と「村」の広がり、「村」の醸し出すイメージです。そして「村をつくる」とは「村で暮らす」ということです。推しはかるに、福士さんの中に「村で暮らす」という夢があるのでしょうか?

この国から「村」の名前がドンドン消えていってますが、消えて欲しい「原子力村」は生き残っていますが、ワタシも「村」で生きていけたらという夢を持っています。おそらくこの国の半分くらいのヒトは、「村で暮らす」ことも悪くないと思っているのではないでしょうか?それはおそらく、ヒトが作り出したいろんな便利といろんな制約よりも、不便でも自然の中の方がイイとする「暮らし」への羨望じゃないでしょうか?

役所が握っている社会福祉、細やかな道の歩き方や乗り物の規則、雀の涙となりつつある年金、保育園建設反対、隣でタバコ吸うんじゃない!といった見えない規制の中の現実。そんなこんなことでガンジガラメとなっている我々の生活。そりゃ「村」には「村」の生きかたもあるでしょうが、まだそっちの方がいいかと・・・。

福士さんのコメントから妄想が湧き出してしまいました。でも、「村をつくる」っていいテーマ、いい夢ですね。
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大らかな時代

2016年3月28日
ちょっと前に、「The Long Goodbye」の時に、これと一緒に中古屋さんでとても古い映画と音楽を買っていました。ちっとは新しいものをと言われそうですが、なんと1969年の「Wood Stock」とJanis Joplinの「PEARL」でこれは1970年のものです。

「PEARL」は昔々レコードを持っていた記憶があるのですが、確かCDも買った記憶があるのですが行方不明となっていたもので、また買わなきゃとずっと思っていました。脱線しますが、なぜか重要な、大切なものほど失ってしまうもので、Van Morrisonの「No Prima Donna」とか、喜納昌吉(チャンプルーズ)のライブ版とか、グレン・グールドの「ゴールドブルク変奏曲」・・・・等々行方不明となっています。

ところで「Wood Stock」ですが、こんな有名なものを実は見たことなかったのです。名前は世界に轟いていますが、見たことない方多いのではないでしょうか?グレイトフルデッド/リッチー・ヘブンス/キャンド・ヒート/ザ・フー/ジョー・コッカー/カントリー・ジョー&フィッシュ/テンイヤーズ・アフター/ジェファーソン・エアプレイン/サンタナ/ジョン・セバスチャン等々・・・そしてジャニスにジミヘンが出てきます。当時のオールアメリカン、確かにスゴイですね。・・・でもジャニスもジミヘンも、ジミヘンは例のアメリカ国歌がありますが、どちらもイマイチかな?サンタナの演奏がとてもイイです。

しかしこの映画、音楽以外もオモシロイのです。なにせニューヨーク郊外に30万人も、それ以上もの若者が集まったのですから。演奏の途中から雷雨が会場を襲うのですが、この実況と雷雨の後の泥んこ遊びの様子がとても楽しいのです。またこの時代、若者とマリファナはツキモノといった感じですが、そんな若者と地元の中高年のオジサンへのインタビューが処々にあり、これまたオモシロイ。

この「Wood Stock」を見ていて気づいたのですが、アメリカン・ロックはパワーなんですね。コレ、40年も50年も経った今でも変わらないんじゃないでしょうか?絶叫するボーカル、空気を切り裂くギター、ハートに突き刺さるホーン。洗練された音より、パワーが重視されるのがアメリカン・ロックじゃないでしょうか?そしてアメリカン・ロックは、ヒトの声も楽器の音もとても大らかに聞こえるのです。

そしてもう一つ興味深いのがお金の話でして、この「Wood Stock」のチケット、20万人分ほどは売ったのですが実際に来たのは30~40万人です。半分ほどのヒトはフリー、無料なんですね。この大らかさ(いい加減さか?)、潔さがこれまたアメリカンじゃないでしょうか?そうか!今の世界に必要なのは、計算されない、お金儲けを度外視した、こんな大らかさなのかもしれない。(なんてね。)

見えた格差社会

2016年3月23日
「保育園おちた。日本しね。」若い夫婦、この国の前途を担うべきヒトたちに切実なこの問題が、思いがけない形で表面化してきています。専業主婦とか、ジジババ付きで子育てをしているヒトもいるでしょうが、現状、この国には子育てと仕事を両立させなければならないヒトが多くいるのです。

この国の労働報酬、つまり給料は20年前とほとんど変わっていません。しかし、医療費や住宅費用、ほかならぬ公共料金は随分と高くなっています。(社会保障の後退ですね。)高騰したこの部分を稼ぐことが大変で、とてもじゃないけど結婚、とてもじゃないけど子供を作ることができない。これが若いヒトたちの実情となっています。

なのに政府は「女性が活躍できる社会」とか「一億総活躍社会」とか、間抜けというか鈍感というか、バカげたキャッチフレーズを打ち出しています。いまや非正規社員が40%にもなっていて、短期契約で、昇給なしで、保険自分持ちで、退職金なしでのヒトたちが就労人口の4割近くいて、なにが活躍社会なのか?この現状が定着して社会格差となっています。所得による教育格差もいわれていますが、そろそろ所得による寿命の格差が出てくるのではないでしょうか?

「保育園おちた。日本しね。」と似た現象を見つけました。それは韓国のラジオ番組「絶望ラジオ」で、この番組は自らの絶望の現状を吐露する番組で、スローガンは「助言はいらない、激励もいらない、答えは求めない、若者の絶望を告発する」です。韓国の少子高齢化のスピードは日本より速いらしいのですが、韓国の若者には「恋愛」「結婚」「出産」の3つ諦めた「3放世代」なるものまであるそうです。見事に格差社会となっています。

日本は世界的に稀な平民社会でして、国民は「皇族」と「平民」にしか分けられていません。「王族」や「領主」や「貴族」なるものがいない国で、表面的にはとても公平そうに見える国です。でも現実に目に見える区別として、「公務員」や「正社員」と「非正規社員」や「アルバイト」が分断されています。

分断だけでなく、この格差が世襲され固定化されつつあります。「保育園おちた。日本しね。」は、この見えない格差を世間に晒してくれました。さぁ、この格差社会は今後どう変わっていくのでしょうか?それとも固定、定着してしまうのでしょうか?

そんなに叩かなくとも

2016年3月17日
今日、やっとやっと春らしい天候となりました。いつまでも寒い!とヤツアタリしそうになっていたのがウソみたいな暖かい一日でした。

テレビ見ませんのでこの騒動に気づくのが遅かったのですが、なんでもショーンKとかいう方の経歴に詐称があったとのことで世間は騒いでいます。ワタシ、ラジオは時々聞きますので、ショーンKの名前は知っています。この方を声を聞くのはJ-WAVEですが、残念ながら聞きたくて聞いているのではなく、BGMのような感じで聞いていました。

J-WAVEという局はあまり好きじゃないのですが、ショーンKという方もあまり好きじゃないのですが、かかる曲がほとんど洋楽なのはいいのですが、やたら巻き舌で喋るような口調や、やたらロハスとかいうのが閉口です。そしてショーンK氏がやっていた番組は起業関連の番組でして、これまた若い経営者がやたら流暢な口調で自らの事業を宣伝するのですが、半分くらい鬱陶しいなと思いながら聞いていました。

経歴詐称の詳しい内容は知らないのですが、この方、世の人々からはあまり好感をもたれていなかったようで、擁護する声があまり聞かれません。でもワタシ思うのは、そんなに叩かなくともいいんじゃないですか。詐称は詐称で確かにあったのでしょうが、本人が言っていることの真偽や信憑性といったものは、なにも全てが経歴と照らし合わせるものじゃないでしょう?

経歴と発言の関連と考えると難しいのですが、ショーンK氏は何年も同じ口調で、同じような意見をノタマワッテいたのですから、いまさら経歴がオカシイと言うことの方がイマサラじゃないでしょうか?ちょっと変わった弁護をすれば、虚偽の経歴を演じていた、永い間気づかれなかった彼の方が、経歴を云々する世の人々より一枚上手だったということじゃないですか?

英語ペラペラのイケメンの化けの皮が剥がれて内心喜ぶヒトが多いのかもしれませんが、それはまたその方が、見かけや肩書きに判断を委ねていたということです。経歴詐称ぐらいなんでもないこと。下着ドロボーが大臣になる方が余程悪質なんですから、そんなに叩かなくとも・・・と思うのです。

”片”思いやり

2016年3月15日
最近米国の大統領選のニュースが盛んに流れています。スーパーチューズデイとかミニチューズデイとかで、代議員獲得競争とか、勝ったほうが総取りとか、面倒くさい米国の大統領選予備選の一進一退を伝えています。

どうして一進一退を詳しく伝えるのか?まぁ誰が大統領になるのかで、これからの日本に対する政策の方向性を読もうとしているからでしょう。トランプになったら大変だとか、ヒラリーの方がいいとかの声が聞こえてきますが、こんな先の先の話し、考えるだけ無駄じゃないでしょうか?この国のマスコミの悪習か、またはこの国の住人の持って生まれたサガなのか、分かりもしないことを推察じゃなく、詮索じゃなくて、妄想するのが大好きなようです。

しかしヒラリーになったとしても、リーマンショック級の騒動が起き米国経済がどん底に落ちていったら、ヒラリーだってトランプだって同じことで、米国の利益確保のため日本を、中国だって欧州だってバンバンに締め付けてきます。だって米国大統領は米国の利益が最優先ですから・・・。

この米国の利益最優先を、この国の政治家や官僚は理解していないと思うのです。これは「思いやり予算」という言葉によく現れています。日本国内の米軍の施設を、米軍の要望を忖度して先回りして作ってしまう。米軍が戦争を起しそうになったら、世界中どこにでも自衛隊を派遣しちゃう。言われる前に、要望を出される前に思いやってしまう。「思いやり」のお返しを期待しているのかもしれませんが、勝手な税金の流用でしかありません。

米軍の駐留が日本の防衛となっているというのでしょうが、米軍は米国の利益の確保が最優先です。日本国を思いやる選択肢などないのです。日本側の「思いやり」も充分に怪しいのですが、「思いやり」と米国の利益では比較のしようがなく、そんなものを口に出す政治家の方がよほどオメデタイのです。だから、この国の「思いやり」は”片”思いやりなのです。

もういい加減に米国追従をヤメテ欲しいのですが、もっとも米国に追従している輩が(米国お仕着せの)憲法改正を口にしています。オカシイですね。まぁそんなこんなで米国大統領選のニュースが増えていくのでしょうが、ちょっとは思いやりのカケラもない米国流を見習ったほうがいいんじゃないですか?
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Author:等閑堂
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