未知の自覚

2015年5月30日
昨夜(今日の早朝か)もユ~ラユラ、今日もユ~ラユラ。地震や噴火で被害を蒙っている方には失礼ですが、昨今この国は各所で揺れたり噴火したりしています。

今日の東京新聞に出ていましたが、噴火した、噴火の可能性がある山が日本地図に示してあり、北海道から東北・関東、伊豆半島から伊豆七島に繋がり、九州は阿蘇山から霧島や鹿児島を抜けて沖縄の方まで繋がっていました。これ以外に大陸プレートとして静岡沖にあるものと、紀伊半島や高知沖にある南海トラフというものもあり、まさに地震の巣窟じゃないですか、この国は?世界中の活火山の7%がこの国にあるとか?ホントありがた迷惑な状況です。

以前、津本 陽さんの紀伊国屋文左衛門を描いた本「黄金の海へ」を読んでいたとき、ちょうど宝永火山で富士が噴火した記述があり、当時は江戸周辺で頻繁に大きな揺れがあったそうです。現在は御嶽山や箱根や口永良部島で噴火したり噴火の予兆があり、週に二度も三度も大きな揺れに見舞われて、まさに宝永の当時に戻ったかのようです。

噴火のニュースや地震の揺れを感じるといつも思うのが、一蓮托生と明日は我が身という言葉です。要は現在の科学では噴火も地震も予知は不可能で、またこの国中どこにいても、噴火や地震は降りかかってくる災難であろうと思うのです。そうもう諦めの境地ですね。

ワタシ自身は地震の被害は諦めているのですが、噴火や地震を予知できる、備え得ると考えている方々がいるようで不思議なのです。またアヤフヤな二酸化炭素による地球温暖化説が蔓延しているように、噴火や地震にも傾向もあれば対策もあると考えられているようなのが不思議です。

まぁこれはワタシの勝手な妄想なのですが、地球には、地球全体が温暖な期間と氷河期のような寒冷な期間が大まかな周期であるだけじゃないかと思うのです。現在は地球が温暖期に向っていて、それに伴って地殻のマグマの活動も活発化している。ただそれだけじゃないかと思うのです。そして予知は不可と。だから火山学者、地震学者は、未知は未知というべきじゃないかと思うのです。
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ゴム長おじさん

2015年5月27日
ここのところ地面が大きく揺れたり、5月なのに真夏日が続いたりしています。自然は気儘で、予測不能で、地震の予測なんてまったく信じられません。まぁ、突発的天変地異じゃない天気予報がそこそこ当たれば良しじゃないでしょうか?(後は運次第かぁ?)

これからひと月くらい、雨の多い、湿気の多い嫌な季節となっていきます。まぁ雨は雨で、この国の水資源の源ですから降ってもらわなければ困ります。この国ほど水に恵まれた国も少ないのですから・・・。でもイヤだな~と思うのが、鬱陶しくて堪らないのが傘なんです。

今ではどこでも売っていますが、昔、30年以上前か、カメラ屋の店員やっていたとき、神田駅前のカメラ屋で朝の当番で店頭に立っているとき、雨が降ってくるとアタフタとビニール傘を出したものです。この当時は百円ショップはなくて、ビニール傘500円がよく売れました。

まぁ雨が降っても仕事はあるわけで、出かけなきゃいけないこともあるわけで、傘がなければ困るのですが、その当時から思っていたのが「なんて日本人は傘が好きなんだろう?」です。おそらく多くの家庭で、一家の人数×2ほどの傘があるのではないでしょうか?(そんなものじゃない?)

外国の映画では、雨がバサバサ降っている中、ツバの広いビニールの帽子とカッパを着た姿を見かけます。ワタシ、雨対策はこの姿が最適と思うのですが、残念ながらこの国では見たことがありません。カッパは自転車に乗るヒト、幼稚園児などが着ていますが、なぜ防水帽子とカッパは広まらないのでしょう?

ワタシ自身は、去年生まれて初めて自分でゴム長を買いました。(田舎のシティボーイなもんで)それまでは革靴やスニーカーのままでやり過ごしていましたが、ゴム長の快適さにビックリです。見栄え?そうなんですね。ゴム長は見栄えが悪いんです。そうか、答えは見栄えだったのか?

そんなこんなで、ちょっと今年はカッパに挑戦してみようかと思っているのですが、カッパでキメルには防水帽子が必要で、これがなければサマになりません。ん?これもまた見栄えか?(洋画に出てくる防水帽子ってどこで売っているのだろう?)

バカ宣伝商法

2015年5月26日
ここのところ商売、商法についてチョコチョコ書いています。ドローン少年の事件や、安保法制の審議入りなどのニュースもあるのですが、なかなか真偽というか、方向性というか、見えない部分が多くて・・・。よう分かりません。

ワタシ、テレビ見ませんからテレビショッピングがどんな具合か知りませんが、(テレビ見ていたとしてもショッピング番組は見ないでしょうけど)ラジオを聞いていると、トンでもない値段が出てきて、トンでもないオマケが付いてきてビックリしています。「オィ!正気か?」と驚いています。

「今一番売れている○○社の○○が、今回だけ今日だけの大特価放出です。」ときて、「凡その市場価格は○○万円のところ、今回は○○万円の提供で、さらに下取りで○万円値引きで、さらにもう1個サービスです!」ときます。このパターンが多くて消費者も感覚が麻痺していると思いますが、デタラメ満載ですね。

なんで売れているものを大特価販売するのか?下取りだって、下取り品に価値があるとは思えませんし、引き取りと処分に費用がかかるのになぜ値引きになるのか?さらに同じものがもう1個といわれたら、そりゃ最初の価格(定価?市場価格?)が大幅に水増しされているとしか思えません。デタラメですね。

なんでも知り合いの話しでは、冷蔵庫を買って、古い冷蔵庫を引き取ってくれるとのことが、配達業者と引き取り業者が別となっていて、3日ほど冷蔵庫が2つとなってしまって大変だったとのことです。さらに下取り価格から引き取り料を差し引かれ、結果としては下取りは微々たるモノだったとこと。デタラメですね。

なんでも最近、電気屋さんとカメラ屋さんが随分と減っているそうです。カメラ屋さんは昔専門でしたのでよく知っていますが、ここ10年ほどで2万軒ほど減っています。それで伸びてきているのが量販店と通販大手で、それでメーカーサイドも大手を無視できないのでしょうが、以前にも書きましたが、商売はどの業者も、製造会社も流通業者も販売会社も適正な利潤を分け合うべきで、どこかに偏るのは危険なのです。

でも「水は高いところから低いところに流れる」ものですから、どうしても安売りが勝ってしまいます。しかし、安売り=価格競争が導く先は商品の陳腐化を早めて、小売業の寡占化を進めてしまいます。モノの価値は早々と減衰し、一部大手業者にモノの取捨選択を委ねてしまうこととなります。だ・か・ら、バカ宣伝文句やバカ商売は相手にしないことが大事だと思うのですが・・・。

怪しい来訪者

2015年5月20日
昔々、15年ほど前のこと、韓国で友人と地下鉄に乗っていたとき、ちょっと先に立っていたオジサンが突然大きなカバンを開けて、歯ブラシの束を掲げて大声で叫びだしました。あまりに突然だったので「何あれ?」と聞くと、韓国人の友人「よくあるモノ売り」と。「気にしないで」としか云いませんでした。こうした売り子(・・というのか?)、どこにでもいて何でも売っているそうですが、ヒトが集まるところに商売ありということでしょうか?

ちょっと前に読んだ記事で、訪問勧誘や電話勧誘について、「来て欲しくない」「掛けてこないで」と思っているヒトが96%との数字があり、消費者庁がトラブル防止としてこうした勧誘商法を原則禁止とする、特定商取引法の改正案を準備しているとのことでした。

ワタシ、商売は相対、アイタイが原則で、売るヒトとの直接コミニュケーションであるべきと思っていますが、訪問勧誘(販売)のような完全な1対1というのは、ワタシはフトン屋であろうと原理教(統一教会)であろうと、創○学会であろうとNHKでも平気ですが、うぶな庶民にはキツイ相手で大変です。だから国がこうした商法を規制することは、規制はよくないけど必要じゃないでしょうか?

小売業の形態の中の一つにセールスレップというものがあります。これ米国発祥と思うのですが、例えばミシンなら、各メーカーのカタログを用意して、ミシンの構造に知悉して、各メーカーと販売代理契約を交わして、自分の足で1戸1戸家庭訪問して販売し、メーカーから手数料を頂くのがレップという職業です。この職業、広い国土というのが基本で、人々の利便性を考えれば必要とされる販売方法です。

このレップが本来の訪問販売だと思うのですが、安きに流れるのがこの国の特徴でして、ムリヤリ布団や壷を売りつける輩がいるからオカシナこととなっているのです。まぁこの国で生活必需品を容易に買えない状況は少なく、そうした地域での訪問販売はさらに困難です。だからこの国では、富山の置き薬のシステムでなければ、訪問販売はほとんど不要なんですね。

斯くいうワタシ、訪問販売をやった経験があります。経験者だから余計に分かるのかもしれませんが、どうしても売りに行かなければならないモノなんてないのです。必要であればヒトは自分で動きますから。売りに来るやつはアヤシイでいいんじゃないでしょうか?(これ勝手に送ってくるスパムメール業者と同じですね。)

道理と正義

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2015年5月19日
写真は17日に行われた「普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設に反対する県民大会」のものです。35000人もの県民が集まったそうで、今回ばかりは沖縄県民の本気度はスゴイ、熱気が伝わってきます。

翁長知事の言葉を上げると、これまでと明らかに意識が違ってきていることが分かります。「子や孫がまた捨て石として犠牲にならないか、沖縄の責任世代として見極めないといけない」「沖縄から言わせると、原点は普天間飛行場が米軍に強制接収されたことだ」「日本の国が独立は神話だと言われないように頑張ってください」そして最後に「うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー(沖縄人を見くびってはいけない)」と熾烈です。

こうした沖縄の熱い思いとは裏腹に、日本国政府は防衛省の沖縄防衛局をつかって予備調査を強行していて、沖縄県との話し合いを、真摯な対応を取ろうとはしていません。要するに沖縄を見くびっているのです。沖縄だから見くびっているとすれば、沖縄県民が怒るのは当然の対応です。

もうひとつ、翁長知事の言葉に今までになかった特徴があります。それは歴史観が入ってきたことです。基地問題の歴史的な経緯を持ち出し、「日本の国が独立は神話」と揶揄しています。元々、戦後日本の米国追随政策が沖縄を翻弄してきた。これを忘れるなと云っているのです。

そして満々と「道理と正義は我にあり」と宣しています。かたや環境アセスメントを順守せず工事を続ける国、対話を拒む国、道理も正義もありゃしない。これ沖縄チバリョーしかないんじゃないですか?
プロフィール

等閑堂

Author:等閑堂
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