徴税ナンバー

2015年2月26日
今日、ニュースを見ていて知ったのですが、なんでもマイナンバー制度が来年1月から施行されるそうです。マイナンバーってどこかで聞いた記憶はありますが、いつのまにか施行されてしまうのですね。なんか現政権になってから、いろんな法律が勝手に作られ、いつの間にか施行される、そんな気しませんか?

それでマイナンバーですが、詳細を知らなくとも国民総背番号制みたいなものと分かるわけで、反射的に「そんなの要らない」と拒否反応が出てしまいます。なにもヤマシイことはないのですが(多少はあるかな?)、徴税に活躍するのかと思うと、大きなお世話を超えた大きな迷惑レベルの話しです。行政側とすれば、二重扶養(扶養家族を偽って所得控除を申請すること)を防げるとか、行政事務の簡素化とかのメリットはあるのでしょうが、ちょっとまてと思いませんか?

私の記憶が正しければ(こんなセリフありましたよね)、確か10年ちょっと前に住基ネットというのが同じような主旨で始められたと思いますが、住基ネットはいまどうなっているのでしょう?しきりに役所の小役人が覗き見したものですが、これで行政事務は簡素化されなかったのでしょうか?このシステムは徴税用に転用できないのでしょうか?

まぁ、国民総背番号制というものは、行政側とすればやりたくて仕方のないものなんでしょが、やるんであればスマートに一発で決めろよと思いませんか?アレやってダメ、コレやって中途半端じゃ使われる税金は、使われる国民は堪ったものじゃありません。新しい制度を始めるときは、消費税もそうですが、よく海外の例が上げられますが、国民総背番号制はどうでしょう?米国も韓国も(それ以外の国は知らない)うまくいってますか?

マイナンバーって役人の自己満足で、税金の浪費じゃないでしょうか?でも、よく認識して欲しいのは制度を最初に破るのは役人なんですよ。住基ネットがそうでしょう?マイナンバーも外部に漏らしまくるのは役人でしょう?何を作っても無駄じゃないか・・・ちょっと云いすぎかな?(蛇足ですが、番号をつけられて記録されるのは、牛の耳に付けられるタグみたいなものでしょう?そんなものを望むヒトはいるのか?)
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どこの専管事項?

2015年2月25日
今日は2つ謝罪ニュースがありました。1つは安部チャンの農相交代で、もうひとつは東電が汚染水流出で漁業関係者にした謝罪です。農相交代の謝罪は安部チャンの口先だけ謝罪で、閣僚一人くらいどうってことない、そんなハラが見えています。

もう一つの東電ですが、10ヶ月も流出を報告しなかったのはサスガ東電で、「隠したわけではない」は言い訳になっていません。要所をモニタリングしているのは東電で、異変は東電しか発見できないもので、公表しないのは隠蔽でしかありません。サスガ東電です。これに対して、福島県知事や漁協関係者は「信頼が損なわれた」とか、「漁業者を甘く見ている」と怒っています。・・・でも何をいまさらと、突っ込みどころが違うと思いませんか?

以前書きましたが、福島第一原発の収束じゃなく、汚染状況は東電だけの問題ではなく、福島県だけの問題ではなく、漁業関係者だけの問題じゃありません。放射線禍は規模によって区切られる被害じゃなく、実際の汚染地域だけで済まされる問題ではありません。なぜなら汚染が発覚すると、福島第一から福島県、福島県から東北地方、東北地方から日本そのもの、実際の被害の何倍もの風評を含んだ被害が波及するからです。だから、対象となる被告は東電だけでなく政府も含まれるし、原告は福島県だけでなく、漁業関係者だけでなく、日本国民すべてなのです。

それなのに現実は、東電、福島県、漁協と矮小化されています。福島第一原発は東電で、土地や住民の問題は福島県で、産業関連は漁協という具合にです。なぜこんな状況になっているのか、答えは政府のエスケープです。原子力政策を再考することなく、このままの状況を引き伸ばしているのは政府です。そして問題が直接降りかかってこないように、原子力規制庁を間に置いているのです。

どうしてこんな政策となるのか?これも勝手な憶測ですが、現状の政治は3年先くらいしか見ていないからです。原発問題は何十年、いや何百年単位の問題です。時間軸の捉え方がバラバラだから、最終処分地のない中間処分とか、廃棄しきれない廃棄物とかメチャクチャな状況となっているのです。東電を非難するのは簡単だけど、東電をやっつけても何も解決しません。原発問題は政府の専管事項です。逃げるんじゃない、誤魔化すんじゃない・・なのです。

乗雲順風

 「乗雲順風」という言葉を見つけました。これは「日本宗教とは何か」(久保田展弘著)という本に出ていたのですが、20年ほど前に買って最近読み返して気づきました。

 「乗雲順風」とは「雲に乗り、風に順(したが)う」との意味ですが、これは曹洞宗の開祖道元の「正法眼蔵」の中の『山水経』に書かれている言葉とのことです。えぇ、当然のことながら「正法眼蔵」を読むほどの教養は持ち合わせていませんので、この本の受け売りです。道元は「雲に乗り風にしたがうという、そうした自在な生きかたは、山が本来持っている功徳が偉大でとてつもないからできるのだ」と書いているそうです。

 なんで今になって「乗雲順風」に目が留まったのか自分でも分かりません。福島第一原発で汚染水が漏れていて海洋に流出しているというニュース、ISIL(イスラム国)の映像で出てきた赤い砂漠、どちらも自然と人類の関わりが写っているのですが、どちらからも「山が本来持っている功徳」と程遠いものです。そして、「自在な生きかた」とも遥かに遠いものです。現実は「乗雲順風」と真逆ということで、引っかかったのかもしれません。

 ヒトは誰しも「自在な生きかた」を望んでいて、それが宗教にしろ民族にしろ、何かに依って、何かに因って、何かに拠って達成させようとする。道元はこれを山や川などの自然だとして、「山の諸功徳高広なるをもて、乗雲の道徳、かならず山より通達す。順風の妙功、さだめて山より透脱するなり」としています。これ難しい。要はヒトが生きていくに必要なものはすべて山にある。自然をよく見ろ。自然と生きろ。と云っているのではないでしょうか?

 この考え方は、儒教・道教・仏教ともに通低しているもののようですが、西洋社会(キリスト教・イスラム教)と大きく違っている点ではないでしょうか?自然との調和を目指すのか、それとも自然を征服しようとするのか、そんな違いがあるのではないでしょうか?(儒教・道教・仏教といっても、こうした自然観が残っているのは日本だけかもしれませんし、自然を崇めるのは宗教以前の原始的な信仰と見るべきかもしれません。)

 もう少し書くと、福島第一原発から汚染水が漏れているが、原因は不明と云っています。これ、原因不明なら仕方ないだろうという開き直りが感じられます。日本人に自然を崇める精神が残っているのなら、こんなことは出来ません。原発をめぐる利権が、この国の電力政策が、本来日本人が持っていた自然観を麻痺させているのです。

 でもちょっと立ちどまって「乗雲順風」の文字を見てください。「雲に乗り、風にしたがう」とてもステキじゃないですか?自然とともに生きようというのは、宗教や人種や国境を越えて全人類に共通する願いじゃないでしょうか?このままでは、ヒトがヒトを騙し、ヒトがヒトを殺すのが普通の社会になってしまいます。乗るべきは雲、したがうべきは風、イデオロギーなんて要らない。「乗雲順風」でいいんじゃないでしょうか?(宗教も要らないと思っていますが・・)

蟻の一穴

2015年2月21日
ワタシの知人で健康補助食品、効果を謳えないとても曖昧な商品を販売しているヒトがいます。なにかいいアルバイトないかと聞かれて、知り合いの健康補助食品メーカーを紹介して、細々と10年以上もやっています。彼がこの商売を続けられるのは、ヒトエに彼の奥さんがやたら愛想のいい顔の広いヒトであることに尽きます。その彼から、何度もネットで売りたいと聞かされてきたのですが、ワタシ、ネット販売はずっと反対しています。

理由はすごく簡単で、いまさらのネット参入では遅すぎることと、効能を謳えない健康補助食品では知名度の無さが致命的だろうと思うからです。参入の遅れや知名度の無さは、ネットの出し方で補えると考えるかもしれませんが、それほどネットに投資したら深みに嵌るだけではと思っています。

こんなことを思い出したのは、ネットニュースにあった永江さんという方のこんな文章を見たからです。「Googleのリスティング広告、Facebook広告などは、成果報酬型のアフィリエイトではなくて、クリック課金です。広告を見てクリックした人がいると、その回数に応じて課金される。コストはオークション式になっていて金額をあげると表示の回数が増える仕組み。Googleの根幹はこの広告ビジネスです。Facebookも同様。このクリック課金のほとんどが人間の閲覧者ではなく、ネット上を巡回しているプログラムである『bot』によるものだということがこのレポートなのである。」(あるレポートを紹介しています。)

これ何を云っているか?つまりネット広告のクリックの多くはbotがやっていて、実際にヒトがクリックしているのは1/10で、ネット広告に出稿するのはまったくの無意味ということを云っているのです。これネット広告業者真っ青の、現状をひっくり返すような”真実”なのです。

これまったくの同意です。ワタシ自身、ネットに出てくる広告をクリックした経験ほとんどありません。特にYouTubeなのですが、GoogleだってFacebookだって広告は邪魔なだけで、見ているようで目に入っていないものなのです。でも現状、ネットで露出度を増やして知名度を上げようとすると、こうした広告ビジネスに頼ることしかないのです。

ネット広告に効果なし。ネット広告隆盛のこの時代、とても怖い真実じゃないでしょうか?ワタシは漠然とそんな広告はダメと思っていたのですが、なにやら漠然じゃなく本当にダメみたいです。どんなメディアにしろ、広告は邪魔なものに決まっていますから。さぁこのbot記事、ネット広告業界の蟻の一穴(蟻の穴から堤も崩れる)となるのでしょうか?

病院に行くな!

2015年2月20日
いつもいつも腹立たしいニュースばかりですが、今日はとっても珍しい、とっても偏屈な(?)二ュースがありました。

「今の日本の医療は万事、お金が中心になっていて、健康人は常に病人にさせられようとしています。健康診断、人間ドック、がん検診などは病気というレッテルを貼り、健康人を病人に転落させるための検査。本当に痛い・苦しいという人が病院に行くだけでは、医療産業は潰れてしまうからです。実際は様々な比較試験のデータが、健康な人に見つかる病気は治療しないほうが長生きできると示しています。」これスゴイでしょう?

これ近藤さんというお医者の言ですが、まったくワタシの心境と同じです。私事ですが、ワタシ3~4年前にウェストが10cm以上縮むほど痩せました。体重計も無く、体重の数値に興味もありませんので、どれほど体重が減ったかは定かではありませんが、ウェスト10cmとすれば10~15Kg減でしょうか?周りの人達からしきりに「病院に行ったら?」と勧められましたが、アヤフヤに誤魔化していました。その時ワタシが思っていたのは「病院に行ったら病人になる」でした。

「病院に行ったら病人になる」、これ上の近藤医師の言とピッタリ符合します。(幸か不幸か?)ワタシの場合、その後徐々に体重が戻ってきて、ウェストは5cmほど太くなってきて、こけてしまった頬も少し緩くなってきています。ワタシの場合、急激に痩せていっても体調は悪くなかったのが病院に行かなかった主因ですが、その時に行っていたら、イヤになるほど検査されて、それらしい病名を付されて、本当の病人になっていたことでしょう。

近藤医師はこの他にも、がん検診、乳がん検査、メタボ検査などを否定しています。メタボに至っては「厚労省を巻き込んだ陰謀」とまで云っています。要は、最初の言葉「今の日本の医療は万事、お金が中心になっていて、健康人は常に病人にさせられようとしています」に尽きるのではないでしょうか?医は完全に算術(経済ですね)になってしまったのですね。

このまま文章を閉じると現代医療の完全否定となってしまいますが、いくら偏屈なワタシでもそこまで否定しているわけじゃありません。目に見える明らかな異常は病院に即行したほうがいいでしょうし、目に見えない異常でも行ったほうがいいでしょう。けど、だけど医者を全信頼しないことが肝要じゃないでしょうか?世知辛い世の中です。
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Author:等閑堂
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