本当の外交政策

2015年1月30日
この悪乗りは彼の性癖なのでしょうか?それとも今どきの政治手法なのでしょうか?どちらにせよ、今、この時に持ち出すことじゃないのは確かです。

何のことか、次の一文をお読みください。
「領域国の受け入れ同意がある場合は、自衛隊の持てる能力を生かし、救出に対応できるようにするのは国の責任だ。」これは、今日行われた衆院予算委員会での安部チャンの答弁です。自衛隊が飛んでいって、ISILを急襲するのでしょうか?彼の思考回路では、今、この時なんでしょうが、そんなことは事件が落着して云えよ!・・・と思いませんか?(少なくとも、72時間とか24時間とか云っているときに云うことじゃありません。)

勝手な推測で申し訳ありませんが、おそらく安部チャンやることがないんじゃないですか?どうしてって?みんなヨルダンに丸投げしちゃったからです。しかし、本当にやることは、喫緊にやることはあります。それは中東諸国に対する外交政策を示すこと、もっと広く、イスラム教諸国に対する政治姿勢を明らかにすることです。

日本の、自民党の中東政策聞いたことありますか?イスラム教にどう対応するか決まっていますか?どっちもまったく無いですね。米国に追従すればいい。お金(円借款やODAなど)をバラマケばいいでやってきているから、基本となるものがなく、丸投げするしかないのです。(自民党には小池百合子という、中東の専門家がいるのになぜ出てこないのでしょう?ん、自民党だっけ?)

そんな基本的な方向性がなく、やれ集団的自衛権だと云われても困ります。まぁ日米安保そのものが米国追従ですから、スジの通った政策を期待するほうが無理な注文なんでしょう。そう云えば、日米安保の生みの親は安部チャンのジイチャンだった。どうりでいつか来た道、いつものドタバタ、そんなことを感じませんか?
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とりつく島

2015年1月27日
日本政府は今回の人質殺害予告(もう予告じゃないか)事件について、ヨルダンを介して交渉を進めようとしています。この場合、日本政府にとってヨルダンは”とりつく島”となっています。”とりつく島”という表現はあまり使われませんが、頼りにしてすがるという意味でして、”とりつく島もない”と否定形で使われます。

ワタシのような偏屈モノは、日本政府がテロリスト側と通信手段がないとする報道は信用していません。湯川さんが人質となったのが去年の8月で、後藤さんは10月頃と云われていて、後藤さんには身代金要求もきていて、これで本当に通信手段がないとすれば、なんと無能な政府なのかと・・・思いませんか?

最近のニュースに変化が出ています。それは政府に対する、進行中のテロ事件に関する批評は控える傾向が出てきているということです。しかし、今回の殺害予告のキッカケを作ったのは安部チャンでして、安部チャンのテロ対策支援でして、2人が捕らわれていることを承知の上での中東諸国に対する支援発表でして、この外交政策批判まで自粛していいのでしょうか?スジが違うでしょう?

もうひとつ”とりつく島”で思い出したのが、沖縄県知事に対する面会拒否です。”とりつく島”とまでは云わなくとも、沖縄は日本の国土でして、その新しい知事が来たのに会わないというのは、”とりつく島”を、キッカケを拒否するものです。自らが沖縄を拒否しておいて、テロ組織から拒否されているような現実、これって皮肉でしょうか?

ヒトとヒトの話し合いというのは、その極意は、どんなに相手に非があろうと追い込まないということだと思います。これは国同士も同じで、これがないのが”とりつく島がない”ということで、米英の対応がこれでして、これに倣おうとしているのが日本政府でして、反面、ヨルダンに頼っているわけで、何をやろうとしているのかと思うのです。ヨルダンも結局はお金でお願いするのか?・・・と思ってしまいます。

中東地域、もっと広くイスラム圏の国々と日本との付き合い方が求められていると思うのですが、果たしてこの政府にそんな大局観があるのでしょうか?求められている、必要なのはこの国の方針なのに・・・。本当に”とりつく島”がなくなってしまいますよ。

自己責任とは?

2015年1月22日
今日も、昨日同様の寒い雨が降る暗い木曜日です。処刑予告に関しては進展は見られませんが、政府の対応はどこまで本当かわかりませんが、安否確認がとれていないとか、連絡手段がないとかマイナスなものばかりです。

そんな中で、ネットの世界では自己責任論が溢れているそうです。ワタシもどちらかと云えばそう書いていますが、ワタシは政府が身代金を払ってもいいと思いますし、逆に支払いを拒否しても仕方ないと思います。この国が、戦争にしても、テロにしても、ヒトがヒトを殺すことには徹底的に反対で、お金で済むことならいくらでも出す国であってもいいと思いますし、確固たる方針を貫くというのであれば、それはそれでいいんじゃないかと・・・。要は、どこかの追随ではなく、方針があればいいと思います。

だから、基本的には自己責任論者じゃないのですが、ただ気がかりなのは、今のこの国には「なんとなく」とか「他にやることがない」とかの理由にならない理由で、赤の他人を殺したり、目的もなく紛争地に行こうとする者がいます。そんなヒトに翻弄されるのはイヤだし、そんなヒトまで救わなければとは思いません。その点で、自己責任論者にもなってしまいます。

同じくネットで、FaceBookの写真関連のグループページに「なぜノコノコ連れられてくるのか?舌かんで死ね!」と書き込んだヒトがいます。さらに「こんな時こそ集団的自衛権の出番だろう?」とも書き込まれていました。当然、「いいね!」も10個ほどもありました。顔写真付きで、おそらく本名で、こんなことを書くヒトもいるんです。こんなデリカシーも、思慮の欠片もないヒトもいるんです。書いたヒトに自己責任はないのでしょうか・・・。

残虐テロ集団も怖いのですが、こんな浅薄で発作的なヒトも怖いのです。処刑するという言葉と、「舌かんで死ね」は同じレベルの言葉で、市民に姿を変えたテロ集団の兵士が、この国の中にもウロチョロしています。怖い時代となったものです。(タイトルを「24時間」にしようと書き始めましたがヤメました。少しでも時間がゆっくり進み、救出の可能性が高まることを願っています。)

48時間

2015年1月21日
とても寒くて暗い水曜日です。衝撃的な処刑予告ビデオから24時間経ちましたが、肝心なことはまだ不明ですが、いろんなことがわかってきました。

まず、昨日疑問に思った一方的な72時間という区切りですが、これが最初のコミット(接触?)でなかったと考えれば、昨日のビデオは催促とみることができます。そう、後藤さんの親族に送られていた身代金要求ですが、これ政府に伝わっていたと考えるのはフツ~です。それで既に、政府にはメールかなにかのテロ集団との連絡手段があり、身代金に対する回答が遅いのか、出さないでいるかの間に、安部チャンの中東訪問と円借款があり、唐突なビデオと72時間になったのではないでしょうか?

これで72時間の謎が解けます。ビデオを流すタイミング(時間)が政府に伝えられていたとすれば、2億ドルもの身代金を要求をしておきながら、いつから72時間なのか口にしなかった理由が繋がります。彼ら(テロ集団)は大勢の人質をとり、何度も身代金要求を繰り返している人質ビジネスのプロです。お金が一番ですから、ことお金に関するミスをするとは思えません。

今回の件の本筋ではないのですが、ビデオの不自然さが取り沙汰されています。合成じゃないのかということですが、これ本筋じゃないので政府関係者は発言しない方がいいと思います。確かに人物の影や風に揺れる服が不自然ですが、でも合成だとしても殺害予告という現実が無くなるわけじゃありません。合成だろうと現実は変わらないのですから、民間人が指摘するのはいいでしょうが、政府関係者が指摘するのはヤメタほうがいいんじゃないでしょうか?

今日、ラジオを聞いていて知ったのですが、それは水面下での身代金要求と水面下での人質開放があることで、むしろ米英以外の国は水面下で人質を救出しているとのことです。そしてもうひとつ知ったのは、処刑予告ビデオに登場する米英人はみな頭は丸刈りなのに、今回の日本人はフツ~のままだったということです。この2つのことは何を意味しているのでしょう?まだまだ水面下が多そうですが、あと48時間です。

72時間

2015年1月20日
今日は暦の上では、もっとも寒いとされる大寒です・・なんて悠長に云っていられない事態となっています。とうとう日本人がイスラム国の人質となり処刑の対象となりました。これはたんなる脅しじゃないでしょう?このパターンは既に何度も繰り返されていますから・・・。(でも連絡手段もなかろうに、時間を72時間以内と区切っているのは不思議です。)

キッカケとなったのは、安部チャンの中東訪問での円借款とも見られています。この円借款、イスラム国対策のための費用ととられているようで、身代金が円借款と似たような金額となっています。残虐で無法な集団であるイスラム国に、つけ入る隙というか、口実を与えたのは安部チャンのバラマキ外交なのかもしれません。当の安部チャン、エレサレムで「テロには屈しない」と表明したそうですが、ムチャを云えば、ついでにシリアに行ってみればと思うのですが?

でもこれ、どう対応するのでしょうか?処刑は何度もやられているけどまだ身代金を払ったという例はなく、(裏で払っているのかもしれないけど、)話し合うチャンネルもなく、どう対応するのでしょうか?払うのか?諸外国に倣って拒否するのか?72時間で。とても難しい対応です。

このニュースで思い出すのはイラク戦争当時の人質3人組でして、これ身代金払ったのでしたっけ?この当時「自己責任」と盛んに云われたように記憶していますが、日本人の命に日本国がお金を払うのは仕方ない、云い方は悪いけどそう思いました。でも、帰国した人質女性が「今後も中東に関わっていきたい」との主旨の発言をしまして、怒り心頭になった覚えがあります。武力に支配されている国に赴き、捕まって人質になり「助けて!」、助かって「また関わりたい」はないでしょう?

今のこの時代に、敢えて紛争地域に、環境も宗教もまったく違う国に赴く必要があるのでしょうか?確かに、悲惨な状況にある子供や女性を救いたいという気持ちは尊いけど、自分の身の安全を確保できずにヒトを救おうと思うのは”思い上がり”とか”世間知らず”でしかありません。これはジャーナリストでも同じでしょう。だから今回の人質にしても、とても冷徹な判断としては、自業自得、見捨てるというのもあるのではないでしょうか?

夢も希望もないことになりますが、子供や女性を救うことも、確かな情報を伝えることも、その崇高な精神が世界中どこでも通用するわけじゃないということ知るべきじゃないでしょうか・・・でもどうするのでしょうか?たった72時間で・・・。
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等閑堂

Author:等閑堂
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