ボヤキ納め

2014年12月30日
またちょっとボヤキます。これで今年のボヤキ納めとして、これからはあまりボヤかないことを、来年の目標としましょう。

ちょっと前に、コンビニでイチャモンをつけて店員や運営会社のヒトを土下座させて逮捕されたというのがありましたが、28日も同じことが起きました。今度はアイスコーヒーの注文にホットを出したことにイチャモンをつけたそうですが、「若いやつ何十人も連れてくる」と脅して、土下座を強要したとのことです。

どこにもこういうバカはいるもので、不思議とこういうバカは複数でツルんでくるもので、お店を開けているかぎり、小売商売をやっているかぎり避けようはありません。それで、お店側の対応がどうのと云われることがありますが、ワタシは別の意味で対応が違っているのではと思います。こんな輩は相手しなくていいんです。

もし本当に間違ったとしても一度謝れば済むことで、謝ってもしつこくア~ダコ~ダと云ってきたら「ご利用いただかなくともケッコーです」と云えばいいのです。なんでこれが云えないのかとワタシ思うのです。「若いやつ何十人も連れてくる」と云ったら「警察を呼びます」と云えばいいんじゃないですか?「本社(本部)にクレーム入れるぞ」と云われれば、「どうぞ」でいいんじゃないですか?バカどもは脅せば何か出てくる、騒げば面白いとしか考えていないのですから、毅然と「来ないでくれ」でいいのです。

ワタシ思うに、最近の小売業は八方美人になりすぎていて、特に全国チェーンのお店はサービスを強調しすぎていると思うのです。でも考えれば私企業なのですから、何もすべての客に対応しなければならないことはなく、過剰に謝ることもなく、「ご利用いただかなくともケッコーです」でいいのです。買うか買わないかは客の自由で、売るか売らないかもお店の自由なのです。客を分け隔てなく対応しなくてならないのは公共サービス(役所)だけです。(公共サービスも理不尽な要求は断るし、凶悪な場合は警察を呼びます。)

小売業は客が必要なものを販売しているだけで、無理矢理店に引っ張り込んで売っているわけじゃありません。それにモノを買いに来たのなら買えばいいだけで、イチャモンをつけるのは別に目的があるからで、そんな目的に付き合う必要はないのです。即、警察でいいんです。万人に適したサービスなんてないのですから・・・。
(あぁ、皆様よいお年を・・・)
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電飾を拝する

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2014年12月25日
○○○クリスマス!なんて書きませんよ。(昨日と同じだ!)昨日は寄付金詐欺の話とクリスマスを絡めようと思ったのですが、うまくいきませんでした。どうしても、テポドン慎ちゃんの蛮行を、国士を気取った国賊ぶりを認識して欲しかったもので、ちょっと半端になってしまいました。今日は宗教というか、信教というか、そんなことを・・・。

クリスマスといえば当然キリスト教の行事ですが、ホントに鳥を食うとか、プレゼントを渡すとかあるのか知りませんが、そんな表層だけ真似て「楽しい」とか「儲かった」は、ワタシは虚しくて避けてしまいます。これキリスト教だからじゃなく、仏教だって同じことになっています。イヤ、仏教の方がさらに酷い状況になっています。釈迦の誕生日(花祭りですね)を祝うヒト、身近にいますか?いないでしょう?

日本人は外来のものをうまく取り込みながら、けして外来ものに染まらない珍しい民族です。そして、その取り込み方が実に巧みで、その履歴をちゃんと残していく民族なんです。そんな履歴、表層が積み重なっているのがこの国の現状でして、変化していくものの因果関係はほとんど政治と経済じゃないでしょうか?そう、ヒト集めだったり、お金儲けだったりじゃないでしょうか?

やっと掲出の写真の話しとなります。LED表示の仏像ですが、なんでLEDなんでしょう?仏像はその形に込められた精神性がすべてで、仏像を開眼させる、魂を入れることがとても重要です。LEDなんぞに、電飾なんぞに魂が入るのでしょうか?停電で消えてしまう精神性ってなんですか?それでもいいという理屈を聞きたいものです。そんなものを拝ませて、信教を口にしたらオカシイでしょう?それでも、何の考えもなく電飾を拝むヒトがいるんですが、こんなものは宗教でも、信教でもなんでもなく鰯のアタマでしかありません。まぁご本人がよければどうでもいいんですが・・。

多くのヒトは墓参りや初詣を信教(信仰)と思っているかもしれませんが、これ習慣じゃないでしょうか?お墓がお寺じゃなくともいいでしょうし、初詣が神社でなくとも平気でしょう。宗教界が悪いのか、それともヒトがうつろい易いのか、どっちもどっち?なにか多くの社会の構成要因が、すべからく”どっちもどっち”になっているようです。

詐欺的行為

2014年12月24日
○○○クリスマスなんて書きませんよ。ワタシ、仏教ですら好きじゃないんですから、異国の教えについていける訳ありません。エェッ、宗教なんて関係ない?でもケーキも3年に一度くらいしか食べないし、プレゼントもなぜって感じで、まったく商売にも貢献していなくて、ホント、クリスマスって要らないんです。

もっと要らないことが世間で起こっています。なんでも「荒川マラソン」という企画があり、21日に予定されていたのが19日になって道路使用許可申請が出されてないとの理由で中止となったそうです。凄いことで、2日前に道路使用許可ですって。これデタラメを超えた騙しの域に達したハナシですが、もっと裏がありそうに思えます。それは、主催者側が顔を出している点と参加費用が安いことです。

顔を出したのは(ネットに晒されたのは)、おそらく参加者に捕まってしまったのではないでしょうか?そこで主催者はイチオウ謝罪していますが、ネットの該当ページでは、参加費用の返金を申込者各自の口座に振り込むとのことで、参加者の銀行口座を記入するようにしています。お金の返還で、一人一人に振込みは大変な作業で、現金書留で送るのが普通と思われます。で、何故に口座番号を書かせるのか、と訝しく思われるのです。参加費用を盗り、口座番号を聞き出す。かぎりなく怪しい主催者で、寄付金詐欺の話を以前書いたことがありますが、同じ臭いがプンプンです。

寄付金詐欺とは、繁華街の交差点などでプラカードをぶら下げて寄付金を呼びかける輩のことです。(すべてがそうだとは云えませんが・・)これが巧妙になって、何かの運動をでっち上げて、ネットで大々的に吹聴して寄付金を集めて、その後音沙汰なしという詐欺です。このメリット(?)は、詐欺行為と認定することが難しいことと、一人一人の被害額が小さいため訴えられにくいことです。要するに、捕まえて刑を科するのが難しい、やり逃げの確率が高いんですね。

これをやり逃げた著名人がいます。テポドン慎ちゃん(石原慎太郎)です。尖閣の東京都買い上げという出来そうにない話しをでっち上げ、寄付金を何億(5億円?)も集めて、日中関係を冷戦状態のようにして平然としています。犯罪的な行為と思うのですが誰も指摘しない。オカシイでしょう?まぁ、政治そのものが詐欺的な行為をやっている国だから仕方ないのかな~。

”ある”と”なし”

2014年12月19日
今日の一番のニュースは、STAP細胞の”ある”か”なし”でした。理研はこれまでの追試で”なし”と決定しましたが、組織として結論を出すのは早いに越したことはないと思いますが、”ある”と”なし”は安易に言い切れないのではないでしょうか?どのように発表したのか詳細は知りませんが、少なくとも「今回の追試では」とか「現時点では」と前置きしてもいいのではと思います。かぎりなく”なし”なのでしょうが、”なし”を断言できるヒトはどこにもいないと思うのですが・・・。

というか、もともと”なし”は証明できないもので、けして小保方さんを弁護しようと思っているのではなく、どんな化学物質でも何でも”なし”とは断言できません。ちょっと前に光を完全に吸収する「黒体」のことを書きましたが、今までは吸収率98%くらいまでだったのが99.96%までになっています。それで100%(完全黒体)も可能となってきていて、100%は”なし”と云うヒトはいません。いつか、どこかの誰かがSTAP細胞を発見する可能性も多いにあって、それが半年後や1年後だって、30年後、50年後だってあり得るのです。だから、何事も”なし”はなしで、何事も”あるかもしれない”なのです。

全然畑違いの例えですが、以前、米国はイラクが大量殺人兵器を隠し持っているとして空爆しました。しかし、この情報が過ちであったと後に謝罪しました。同じことを質問された安部チャンは、「大量殺人兵器を持っていないことを証明しないイラクに責任がある」と云いました。これ、大量殺人兵器の”なし”を証明しろと云っているのです。彼の知能程度はこんなものですが、どんなものでも”ある”ことは本当にあれば証明できますが、どんなものでも”なし”は証明できないのです。これ常識です。

理研の追試担当者は最後に、小保方さんの追試を監視カメラ付きで行ったことを反省していました。科学者に対する扱いじゃないということですが、扱いを云々するのであれば今回のSTAP騒動の責任を、小保方さんと亡くなったササイさんだけに押し付ける扱いはいいのか、と思うのですが・・・。

PRC

2014年12月18日
ニュースによると、最近「Made in PRC」との原産国(生産国)表示があるそうです。「PRC」とは「People's Republic of China」の頭文字を取ったものとのことで、何のことはない「中国」です。つまり「Made in China」と同じということです。売り上げに影響する、体裁が悪いということで「PRC」なんでしょうが、まぁゴマカシですが、こんな一時しのぎが何になるのかと思うのですが・・・。

野菜とか肉とかは生産国がすべてで、それ以外の情報は要らないほどですが、工業製品はどうでしょう?まぁこれにも、日本国内では使用できない原料を使う場合もあり一概に云えませんが、「Assembled in Japan」(組み立て日本)と書かれるよりはマシかと思えます。しかし、消費者が知らないだけで、どこでどうやって作られているのか分からないものはヤマほどあります。

もう20年ほど前のことですが、韓国の馬山という所に行き、今は無きメーカーのカメラ工場で、同じ工程で作られるデジカメが、いくつかのブランド(メーカー)別に分けられるラインを見て軽くショックを受けました。数社のカメラが中身は同じOEM(相手先ブランドでの生産)だったのです。これも云わば一種のゴマカシですよね。しかし、もうこのOEMは多くの産業では常識となっています。同じ製品の別ブランド製品は兄弟モデルと云われますが、兄弟カメラはもちろんのこと、兄弟クルマもあり、ニコンやキヤノン、ベンツやポルシェだって普通にやっています。(ボタンの位置を変えるとか、フェイスを変えるとかエンジンを別にチューンナップするとかしていますけど・・・。)

ワタシ、「China」を「PRC」に変えることと、製品のフェイスやボタンを変えることは同じレベル、同じ穴のムジナじゃないかと思うのです。これも、最近やたらと使われる”経済”なんじゃないでしょうか?つまり売るための工作で、つまり”経済”を保つための工夫なんじゃないでしょうか?それじゃ、こんな工作や工夫で保たれている”経済”って何でしょう?答えは・・・見かけ、どう見えるのかじゃないでしょうか?なんだか「PRC」と偽る心情と”経済”が同義語に思えるのですが?
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Author:等閑堂
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