沖縄の夢

2014年10月29日
明日、10月30日に沖縄知事選挙が公示されますが、これ近年稀に見るゴチャゴチャ選挙となりそうです。ワタシ、政治やその元となる選挙、投票は毎回必ず行っていますが大嫌いです。こんなに鬱陶しくてメンドーくさいものは、そうそうあるもんじゃないですよ。

詳しく経過を追っているわけじゃないですが、今回の沖縄はスゴそうです。沖縄自民県連の市議が反対派の翁長氏を推して除名となり、民主党の県連幹部の喜納昌吉は除名になろうと自分で立つことを決め、どうでもいいと思う元国民新党の下地某も出てきて、なんと見事に掌を返したナカイマまでしゃしゃり出てきます。もう沖縄では○○県連、○○党公認なんてもう意味のないものとなっているようです。

自民党が自党の公認を押し付けるのは道理でしょうが、公認を決められない民主党が自党の県連幹部を除名で脅すなんて下司の極みです。何も決めない。何も方向性を持っていない。それなら引っ込んでいればいいだけで、まずは辺野古移設を進めるのであれば党内をまとめてから口を開け!と思いませんか?民主党ってこればかり。もうまったく要らない党ですね?

喜納昌吉は、「最低でも県外」と云った元党首鳩ポッポを推しましたが、鳩ポッポは乗ってきませんでした。当然といえば当然ですが、スジを通そうとしたら”まず鳩ポッポ”は的確な人選じゃないでしょうか?それで自らが立つこととなったのですが、もうひとつ、もう民主党なんて捨てて、反対派を結集させることに傾注していただければ、さらによかったと思うのですが・・・。

沖縄の問題となるとどうしても国が絡んできます。しかし最近思うのは、沖縄の人たちは本当に本土復帰を願ったのだろうかという疑問です。そりゃ日本国となれば、道路も学校も整備され住みやすくなるでしょうが、その見返りは米軍施政の日本政府の肩代わりで、沖縄の人たちによる自治はさらに遠くに行ってしまったのではないでしょうか?みかけは自治に見えますが、実態は日本政府が米軍の手先になっているだけですから・・・。

沖縄は、戻れるものなら「琉球」に戻ったほうがいいと思うのです。日本は、沖縄を連れ回すのは止めたほうがいいと思うのです。だから沖縄の人たちには、「なめんなよ?」と気概を持ち続けていただきたいのです。「ナカイマのように金に転ぶ連中の好きにさせないぞ!」「次の選挙をみていろよ!」とですね・・・。
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黄金の花

2014年10月28日
なんだかんだと気づいてみれば5日も6日もサボっていました。特に何をしていたということはなく、一度だけとても面白い勉強会に行っていただけです。この内容は内緒です。

先日、「十九の春」ばかりYoiuTubeで聞いていると書きましたが、何度も聴いていると最後の歌詞『奥山住まいの鶯は / 梅の小枝で昼寝して / 春が来るような夢を見て / ホケキョウホケキョと啼いていた』が妙に引っかかってしまいました。正妻じゃない妾のような自分を卑下しているとも思えますが、なにかそんな境遇を他人事のように流しているともとれるのですが、ちょっと不思議な歌詞ですな~。

そんなこんなでYouTubeでさらに見つけたのが「NENES」(ネーネーズ)です。「黄金(こがね)の花」という曲で、ちょっと歌詞を紹介しましょう。『黄金の花が咲くという / うわさを描いたの / 家族をふるさと、ふるさとに / 置いて泣き泣き出てきたの / 素朴で純情な人たちよ / きれいな目をした人たちよ / 黄金でその目を汚さないで / 黄金の花はいつか散る』 この歌詞ストレートで強烈です。

さらに、『あなたが生まれたその国に / どんな花が咲きますか / 神が与えた宝物 / それはお金じゃないはずよ / 黄金で心を捨てないで / 本当の花を咲かせてね』普通、こんな歌臭くて聴けないものなんですが、ネーネーズのきれいな高音に乗せられるとスンナリと入ってきます。不思議ですね。この歌、日本に来た出稼ぎ労働者に向けて作られたそうです。

かたや、国内労働者の賃金を抑えてでも、高くならないようにしてまでも、政府は外国人労働者を入れようとしています。そんな現状で「黄金の花」はキレイゴトすぎるともとれますが、”声”が上がらなければ”キレイ”も”キタナイ”もないわけで、このような歌にはとても価値があるのではないでしょうか?

昔、沖縄でじかにサンシンを聴いてとても驚きましたが、沖縄民謡独特の女性高音コーラスも好きです。そして、ゆったりとした曲調の中をゆったりと舞い歌う姿も大好きです。そしてその歌の中にストレートな想いを込めている。これ、ひょっとして歌の原点じゃないでしょうか?

神が味方

2014年10月22日
雨です。明日も雨だそうです。今日ちょっとばかり、雨の中を歩きました。肌寒い雨の中を、妄想を膨らませながら歩くのが好きなんです。そんな時は傘はないほうがよくて、被るタイプのカッパでテクテクと歩きます。歩いていると面白い発想が出てきそうで、そういう期待があるのですが、結局は妄想だけなのですが・・・。

唐突に「Neville Brothers」の「Yellow Moon」が、そぼふる雨の中で聞きたくなりまして、帰宅して棚を探したら出てきました。10年以上聞いていなかったのですが、「Yellow Moon」とか「Sister Rosa」はよく覚えていたのですが、Dylanの「With God on our side」が出てきてちょっとビックリしてしまいました。昔、聴いているはずなのにドスの利いたボーカルが、この曲に合っていてスゴクいいのです。昔々聴いたDylanの青臭さがなく、「オメ~ラ分かっているのか?」という感じがいいのです。

この「With God on our side」(神が味方)という曲、アメリカの歴史を辿りながら、インディアン・スペイン戦争・第一次大戦・第二次大戦と取り上げながら、その時々にアメリカには「神がついていた」と歌い、「この国(アメリカ)に神がついているのなら、次の戦争を止めてくれるだろう」で締めています。半世紀ほど前にDylanが作った曲ですが、本当は力を誇示して戦争を続けるアメリカに対して、そんな国にも「神が味方」と皮肉っているのですが、皮肉が皮肉とならず、アメリカは戦争をいつまでも続けています。

中東にも、ウクライナにもアメリカの影があるわけで、実際に軍隊を出さなくとも戦争を起こすことは可能なわけで、その動機は「世界の警察」を標榜していますが本当は経済です。考えてみれば戦争の動機はすべて経済じゃないでしょうか?「同国人の保護」とか「人権の擁護」とかその時々の理由をつけますが、つまるところ石油だったり、対ロシア政策だったりするわけで、やはり経済が目的なのです。

神も仏もない我が国ではどうなんでしょう?政権サイドはやたら経済、経済といい続けています。その結果、庶民の暮らしは日々悪化しています。戦争やるための口実作りで、生活環境を悪化させるため悪政を続けているんじゃないかと勘ぐってしまいます。

一つの言葉が浮かんできました。「右傾化」です。なにか「経済」と「右傾化」は親和性があるように思われます。妄想といえば妄想なのでしょうが、妄想であって欲しいと願っています。

ねぎとうちわ

2014年10月21日

先週末から昨日までちょっと忙しくて、世間のニュースをあまり見ていませんでした。昨夜、ネットのニュースを拾っていると「2閣僚交代」というのがあり、ん、二人?と記事を読むと法務大臣も一緒にクビにしちゃったんですね。

それで今日、関連するニュースを見ていると???な記事が、イヤ、意見がありました。曰く、「ねぎを買ったくらいで、うちわを配ったくらいで辞めさせるのはカワイソウ」というものです。ワタシ、何度も原資が税金のものは、○○費とか○○金と云わずに”税金”と云えと書いてきました。そうしたらどうです?下仁田ねぎを買ったお金も、うちわを作って配ったお金も税金で、それでもカワイソウと思いますか?フザケルナ!じゃないですか?

この問題は、兵庫のおバカ県議が泣き叫んだおかげで世間に広がってきたのですが、ウソ視察もウソ通信費も、ねぎもうちわも全部”税金”の不正使用で、これ立派な犯罪なのです。兵庫のおバカは即座に議員を辞しましたが、同じ犯罪の元大臣は役職を離れるだけですか?これが問題でしょう?やっと全国で、ウソ視察やウソ通信費などが取り上げられてきているのに、「カワイソウ」なんて意見を出すのは問題を矮小化させてもみ消してしまいます。

「ねぎ」の大臣は二世議員でお姫様だとか云われていますが、そんな飾り物に税金を好きなように使われていいわけありません。これお姫様に限らずどんなヒトも同じで、どんなヒトだって税金で化粧品なんか買っちゃいけないのです。また、親族の会社に対して家賃を払ったりしてはいけないのです。なんのために政党に年間何百億円も税金から助成金を出しているのか?

「カワイソウ」なのは、こうした輩に税金を喰われている納税者です。それで社会保障は削られ、年金は減額され、さらに消費税を上げようとしている。それなのに、60万円もねぎ買って政務費で計上する。こんな感覚で税金使われちゃかないません。まずは税金の不正使用の根絶、「隗よりはじめよ」で、まず”官”が身を正せ!すべての政策はその後だ!・・と思いませんか?

なが~い音

2014年10月17日
えぇ~っとワタシ音楽は大好きなのですが、好きな順に並べるとブルース・ロック・ジャズ・クラシック(バロック)でして、歌謡曲とか演歌とかJ-POPとかいうものは入ってきません。ワタシも立派な(?)オジサンで、年を喰えば演歌が好きになるだろうと思っていましたが、なぜか一向に好きになれません。

なにかで書いた記憶がありますが、演歌がイヤなのはテーマの多くが「酒」や「涙」や「男」や「女」だからです。酒・涙・男・女が悪いのじゃなく、それだけを唸られるともう鬱陶しくて「勘弁して」となります。なのに、そんなワタシのYouTubeのトップページが演歌だらけになってしまいました。

ワタシ、邦楽のアルバムはほとんど持っていないのですが、例外的に持っているのが「喜納昌吉」と「元ちとせ」(どちらのCDも行方不明となっています)です。それで、YouTubeでこの両名の曲を聴いていたら、「十九の春、田端義男」というのが目に入り、この絵がちょっと変わっていてよかったのでポチッと押してしまいました。田端義男は名前だけは知っていて、十九の春はいい曲だと思っていましたが、何よりいいのは映像でした。

YouTubeの音楽と映像、この辺の事情とか状況は疎くてなにも知りませんが、なんと映像に出てくるのは「仲間由紀恵」なのです。彼女は沖縄出身ですからとても適役なのですが、少女時代の水着姿、民族衣装姿、色っぽいドレス姿といろんな写真が出てきて、これがいいんです。それで一日に二度も三度も見ますので、YouTubeのトップが演歌だらけになってしまったのです。(映像が凝っているこのシリーズ結構ありまして、「奄美新民謡」というヒト?が上げています。)

この「十九の春」もテーマは「男」と「女」なのですが、惚れたとか分かれたとかの歌なのですが、なにかほかの演歌と趣が違うのです。心地よいサンシンの音色とのんびりとした歌いっぷりのせいでしょうか?それとも達観しているような歌詞のせいでしょうか?昨今の音楽事情など何も知りませんが、やはり音楽はなが~く、ゆったりと楽しめなければと「仲間由紀恵」に惹かれたくせに再認識しております。
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等閑堂

Author:等閑堂
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