よいお年を・・

2014.jpg

エッ~と、年末のご挨拶です。

今年の年末年始はとても穏やかな天候とのこと、なによりです。
今年を振り返ることは好きじゃない。振り返って何になると思うほうでして、だから同じことを繰り返す、全然進歩しないのかも知れませんが、どうにもそういう性質でして・・・困ったものです。

普段であれば、年が改まる?んっそれで?と思っていますが、年に一度くらいはスンナリと「皆様よいお年を」としましょう。

(写真は、馬の普通の顔と口を大きく開けた写真の2面チェンジのオリジナル合成画像です。これにレンチキュラーレンズを貼り合せれば立体効果+2面チェンジ写真となります。)
スポンサーサイト

オバサン2態

2013年12月28日
このところ寒さに負けてあまり散歩していませんが、偶にプラプラするとオカシナ事象に遭遇してしまいます。ヒトの感度や感受性は各々違うから、何をもってオカシナ事象とするのかもありますが、オカシイんです。

まずはヘンなオバサンです。
プラプラと小じんまりとした森に続く道を歩いていると鉄道の踏切がありまして、長い貨物列車が踏み切りを塞ぎ、「チンチンチン」と警笛が鳴っていたのでボォ~と待っていました。すると後ろから軽自動車がやってきて、オバサンが窓から顔を出し「そこ通れないの?」と叫ぶのです。「はぁ?」と顔を作ると、さらに「そこ通れないの?」と仰る。こちらはまた「はぁ?」となる。

するとオバサン車を降りてきて、また「そこ通れないの?」と云いながら踏み切りを覗き込みます。ここまできてやっと分かったのですが、オバサン、貨物列車の隙間を抜けられると思っているようで、「そこ通れないの?」を連発していたのです。ここまで社会常識が欠落しているとは・・・絶句してしまいました。

次もヘンなオバサンです。
プラプラ歩いていると、向こうからそんなに大きくないグレートデン、乳牛のような大きな斑点のある犬を、しっかり紐を掴んだオバサンがやってきました。至近距離に来ると、オバサンが引いているのではなく犬がオバサンを引いていることと、グレートデンの口元に金網のようなマスクが掛けられているのが確認できました。そして、擦れ違う際のオバサンの表情、姿勢は腰が引けていて、何が起きても知らないっという感じでした。

幾分被害妄想ぎみですが、なんで引っ張れない犬を飼うのか?なんで引っ張れない犬と散歩するのか?なんで金網マスクを付けた犬と散歩するのか?このオバサンも充分に社会常識が欠落しています。

偶々、とても怖い、とても常識の欠落したオバサン2名と遭遇してしまいました。しかし、ものの道理も、ことのアトサキも弁えない人達のなんと多いことか?これもまた世の中の多様性と思えば仕方ないのか?それとも、世の中、この国の中身が壊れていっているのか?どっちなんでしょうね?

沖縄ならいいか

2013年12月27日
沖縄の知事が、米軍普天間飛行場の移設に向け、政府が提案した名護市辺野古の埋め立てを承認しました。なんでも安倍チャンとの会談では、その後(5年ほど)の移転などを米軍と調整するとのことですが、一番の決め手は沖縄県に対する補助金(助成金)だったのではないかと思われています。まぁ、元々この知事は自民党とズブズブですので、いつかは掌を返すと思っていましたが・・・。

このニュースに対して大阪市長は、「日本のための苦渋の決断に感謝しなければならない。大阪も、基地負担軽減に向けて政府から提案があれば受けとめる」と述べたそうです。この大阪市長、沖縄の基地問題に関しては結構マトモなことを云ってますが、”沖縄ならいいか”の思惑が透けて見えています。他の政治家や新聞などのメディアはもっと酷いのですが、なぜ米軍基地の75%が沖縄に集中しているのか、沖縄集中を既定路線と決めつけているのに疑問はないのでしょうか?

以前にも触れましたが、このニュースで思い出したのは”友愛星人ハトポッポ”でして、ハトポッポの県外発言だけが、この”なぜ沖縄”の疑問に応えるものでした。なのにメディアは、この発言を忌み嫌い蓋を閉じてしまいました。議論すら無駄と云わんばかりにです。

これも以前に触れましたが、この問題、根底に”沖縄ならいいか?”の潜在意識があるような気がしてなりません。オスプレイもそうでしょう?自分の県では論外だけど、”沖縄ならいいか”が罷り通っています。なぜこの国の大勢は”沖縄ならいいか”と思うのでしょう?

今回の沖縄知事の埋め立て承認で、”沖縄ならいいか”の判明が遠のいてしまいました。”沖縄ならいいか”に真正面から向き合わない限り、この問題はいつまでも続きます。(なんか、放射性廃棄物の最終処分地問題と似かよっていますね。最後には金で決着をつけるヤリクチですが、これがこの国流の解決法でしょうか?)

靖国的小芝居

2013年12月26日
今日、安倍チャンが電光石火というか、姑息にというか、突発的にいうか、靖国神社を参拝しました。ワタシは特に靖国だから何?とくらいにしか思いませんが、世間的には大騒ぎのようです。

”泣く子は餅を多く貰える”をモットーとする韓国や中国は、待ち構えたかのように騒ぐでしょう。でもこれを、戦没者への慰霊と捉えれば余計なお節介でしかないのですが、お節介と開き直れない裏面がチラチラと見えているのが、ことを厄介にしています。

本筋は、今回も日本遺族会の幹部が靖国神社で安倍チャンを出迎えたことで分かるように、安倍チャンの政治パフォーマンスと、遺族会のロビー活動でしかないようです。この政治パフォーマンスとロビー活動を排除してしまえば・・・なんのことは無いと思うのです。

日本の右傾化ってよく聞きますが、まだまだ国民の大多数は戦争はコリゴリです。物忘れのヒドイ、頭の緩い政治家が大東亜共栄圏を懐かしむことはあるでしょうが、もう時代背景も国民意識も戦前とは大きく違っています。右傾化なんて、なにを勘違いしているのか・・・。

共産党の志位委員長が今回の参拝に対して、「侵略戦争を肯定、美化する立場に自らを置くことを、世界に宣言することにほかならない・・・、断じて許すわけにはいかない」と言っています。しかし、侵略という言葉を聞くたびに思うのですが、侵略を目的としない戦争があるのでしょうか?戦争そのものが侵略なわけで、戦争=軍事的侵略で、参拝を軍事的侵略と同一視するのは無理があるのでは・・・。

いまや靖国は政治的パフォーマンスの場になっていて、その政治的な小芝居が中国・韓国につけ入れられている。靖国問題は、日本も中国も韓国も(米国も)、極く一部の政治家の恣意的な、意図的な思惑に利用されているだけじゃないでしょうか?(安倍チャンが今日参拝したのは、政権1周年の記念だそうですから・・・)

本来靖国は、不戦を、非戦を誓う施設とするべきもので、そうじゃなければ、数多の英霊は安らかに眠れないでしょう。だから、安倍チャンを含む日本の政治家、中国や韓国で騒ぐヤカラ、そして騒ぎ立てるマスコミ、靖国を利用するんじゃない!・・・と思うのです。

失せもの

2013年12月25日
先日のこと、朝、出かけようと支度して玄関にまで行くと、いつもの場所に家の鍵がありません。靴箱の上ですが、いつもここに無造作に置くのですが、ありません。

あたりを探しましたが出てこず、慌てて昨日着ていた服を調べても出てきません。ムゥ~っと暫し黙考したらヒラメキました。ヒョっと玄関を開けてドアノブを見ると、ノブの鍵穴に鍵が刺さっていました。こんなところに忘れるなんて・・・鍵を刺したまま一晩放置するなんて・・・。(実はこの日、もう一つ忘れ物をしていまして・・・呆けたものです。)

しかし、思えば、モノがなくなることはホントはなくて、置いた場所を忘れるのが正解です。ヘンな場所に置く、普段やらない事をやるのが”失せもの”の真相なのです。そして、もう一つ大切なことが平常心で、なにかに気持ちが絡まると他のモノは疎かになる。いつもことを、いつものようにやっているようでも、”心ここに在らず”では抜けてしまう。これ当たりまえですね。

しかし、ワレワレは往々にして”失せもの”に遭遇してしまいます。最近の世情では、計画的に、作為的に”失せもの”に巻き込まれてしまいます。それは記憶を途切らせようとする、紛らわせようとする意図を持つものがいるからで、呆けていると簡単に新たな”失せもの”を作り出してしまいます。

世の中はせわしく流れていますが、時には”失せもの”の元を辿ることも大切じゃないでしょうか?例えば、なぜ日中間が領土問題でギクシャクとなったのか、(テポドン慎ちゃんが元凶ですが、)元を辿ることが大切じゃないでしょうか?

まぁ、ワタシの場合は、まず家の鍵を引っ掛けるフックでもつければ、どこにでも鍵を置いてしまうこともなくなるでしょう。(かな?)”失せもの”を防ぐには、何事も忘れない工夫と元を辿る努力が肝要なようです。
プロフィール

等閑堂

Author:等閑堂
”ひつじのこ”にようこそ!
あなたの日々積み重なるものはなんでしょう?

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ