抗議すべし!

2012年6月29日
齢を重ねると・・なんてカッコつけずに普通に書きましょう。年を取ると月日の流れが早くて、もう2012年が折り返しを迎えます。ホント早い。

今日は金曜日で、3月末だったか、それくらいから始まった「首相官邸前抗議」運動の日です。(毎回金曜開催とは決まっていません。)先週が4万5千人の参加で、今日は10万人の参加者を見込んでいるそうですが、20万人という声が聞こえています。これでもNHKは無視するのでしょうか?そして、この「首相官邸前抗議」のスローガンは「大飯原発再稼働反対」です。

自分の意思を表明することは政治家やマスコミであれば可能ですが、一般国民にはナンギなことで、こうした形での民意の表明は必要に迫られて出てきた、そんな感じがします。やっと聞こえてきた多くの民意が「大飯原発再稼働反対」なのですが、ただ疑問に思うのが、原発再稼働反対でいいのだろうかということです。

無能な政府は目先だけの判断で再稼働を決めましたが、現時点で国民が言えることは再稼働反対しかありませんが、再稼働がなくなったとして原発問題は解決するのでしょうか?原子力行政の未来図を全く描けない政府に問題があるのですが、ズラズラとナシクズシを狙っているのでしょうが、まずは真剣に原子力の未来を、全知を集めて協議しろよ!そこがスタートだろうがと思うのですが・・。

何度か書いていますが、原発は稼働を止めれば解決するのではなく、稼働の可否の問題ではなく、既に山積している放射性廃棄物の管理と安全な廃棄が問題です。そのためにはお金も人も技術も必要で、ひょっとしたら稼働している時より多くのリソースが必要かもしれません。さらに世界各国で既に多くの原発が稼働していて、この問題はドンドン肥大化して拡散しているから厄介で、この面でも、日本国内で止めれば済む問題じゃないのです。

国内の状況からすれば、危険な立地にあるものや年数を経た原発は止めて、稼働数を減らして、充分なリソースを掛けて管理していく。そして放射性物質の管理や廃棄の技術が確立したら廃炉する。これが現実に即した方向かなと思うのですが・・。こうした未来図の設計が肝心で、稼働の可否の問題ではないと思っているのです。

なんでも「首相官邸前抗議」は、来月29日に「国会包囲抗議」を計画しているとのことです。まずは問題から逃げている政府やマスコミの目を醒ますため、ドンドン抗議しましょう!
スポンサーサイト

走狗?

2012年6月27日
気温がそんなに高くないせいか、ジメッとした梅雨じゃなくて過ごしやすい日々です。(まだまだこれからか?)

最近、世情を騒がせているゴシップが2つあります。1つは、一郎クンの離婚と放射能怖いで、もう1つは巨人軍監督の恐喝事件です。この2つがともに週刊文春の報道で、スクープの如く言われていますが、オカシナ話しです。

一郎クンの離婚の件は、ちょっと前に書きましたがこれは政局のなせるもので、一郎クンを追い落とす、評判を落とそうと画策する勢力が持ち込んだものでしょう。そして巨人軍の方は2006年の事件で、日記があるだの、中畑が仲介しただのオヒレが付いていますが、被害者が被害届けを出したのならともかく、外野が書き立てるのは変でしょう。

まぁゴシップなんてこんなもので、所詮は大きなお世話でしかないのです。ただこれをスクープだなんて考えたら大間違いだと思うのです。マスコミが誌面に載せるということは、政局を動かそうとする勢力に手を貸すことで、被害届けのない過去の事件を蒸し返すのは、誰のための記事なのかとなります。そう、こんな記事を載せるのは逆にとても恥ずべきことで、一流誌のやることじゃないと思うのですが?

昔のことですが、週刊文春に自分達で作った企画を記事として載せて貰おうと画策しまして、紀尾井町の同社の喫茶室でお話しする機会を得ました。(記事も載せてもらいましたよ。)とても広い喫茶室のソファーに沈み込んでいると、数多の作家先生達が利用する場所に自分も座っていると思えて、とてもいい気分になりました。あの喫茶室は、打ち合わせの場だけじゃなく一種の舞台装置なんでしょうね?(まだあるのかな?)

自らの舞台で自ら書いたものを世に問うのがマスコミで、用意されたものを出したかのような記事は利用されているだけで、ただの走狗、誰かの手先にしか過ぎないことで、立派なマスコミのやることじゃない。「文春」たるものが情けない、と思うのです。

深いタメイキ

2012年6月26日
今日は消費増税法案の衆院通過のニュースしかありませんね。でも民主と自民と公明の大連立なんて、いとも簡単に党利党略だけで繋がるなんて、国民不在というより、国民無視のバカタレ政治家ばかりです。

今回の衆議院での評決で民主の反対は57人で、棄権を含めると70人だとか。これだけの議員が基本反対で、これだけの議員が造反と言われています。しかし、民主党の政策に増税はなく、増税の際は国民に信を問うとしていて、今回の増税法案は、施行前に選挙をやるとか言っているが、賛成する方が造反なのです。増税に関するマニュフェストは撤回されていなし、変更されてもいませんからね。

昨日、YouTube で野田どぜうの民主党代議士会での演説を見ました。このどぜう、演説はうまいですね。政治家の3原則である、我田引水・自画自賛・厚顔無恥を織り込んだ巧みな演説をやります。しかし、一つのポイントを大阪市長のように突っ込まれたら、簡単に自壊しそうです。何よりも、成りそこないの歌舞伎役者のような目つきとデカイ顔は、意志や責任感の強さを出そうと思っているのしょうが、何かに憑かれているようにしか見えません。

遠からず解散総選挙がありそうです。少しずつですがマスコミ報道が変ってきていますが、基本的にマスコミはアテにできないとの民意が徐々に定着していて、マスコミの後方支援(イメージ操作)に取り込まれる国民は確実に減っているようです。こんな状況で選挙となったらどうなるか?想像するのは怖いのですが、票の行き先がなく、投票率が30%を切ってしまいそうです。そうなったら選挙の意味すらなくなってしまいます。

まぁどちらにしても、震災の被災者や原発で避難している人達、重税に苦しむ人達、就職に苦戦する若者、そして日々の生活に苦しむ人達、政治家が目を向けようとしない人達の深いタメイキが聞こえてきそうです。

チカラづく

 以前、マーガレット・バーク=ホワイトという世界初のフォトジャーナリストを紹介しました。 この人、女性初のフォトジャーナリストではなく、男女含めての世界初のフォトジャーナリストで、かのマハトマ・ガンジーの暗殺現場にも居合わせたカメラマン(ウーマン)です。

 このバーク=ホワイトの自伝のような本を読んだことがあるのですが、いくつか記憶に残っているなかで、妙に頭から離れない現場レポートがあります。1930年前後、彼女がジャーナリストとして活躍しだした頃、大規模なブタの飼育現場を取材しているのですが、その規模がスゴイこと、その実態がスサマジイこと。1ヶ所に何百頭ものブタがひしめき合って、そこここにブタの肉片が飛び散っている惨状が書かれていて、ブタが共食いするほどで、飼育どころではなく工場そのものです。1930年前後から、米国ではブタ肉を大量生産していたのです。チカラづくで。

 昔、長崎にハウステンボスが開園したとき即行で遊びに行きました。ハウステンボスのいい所は自然をそのまま利用している点で、どこかの何たらランドと違って奇妙な色の池などありません。そこに西洋風の庭園があったのですが、キレイに刈られた芝に、キレイに揃えられた生垣が幾何学的にデザインされていました。目に入ってくる景色はとても均整の取れた庭園ですが、入っていいのか、中で憩えるのか、離れて眺めるだけなのか?キレイだけど躊躇させる、人が入り込めない美しさで、やはり感じるのはチカラづくでした。

 このご時世、このチカラづくが蔓延しているように感じています。特に米国の動きはチカラづくそのもので、オキュパイ・ウォール街デモの非人間的な対処、デモ潰しに現れています。どうも欧米人の行動のベースは、人に便利であればいい、人が心地よければいい、デカく儲かればいい、そのためにはチカラづくで従わせればいい、そんな思考で凝り固まっているようです。(ほんの数%の権力者の思惑通りにですね。)

 昨今、この国の動きにも似たものを感じています。経済一辺倒の政策の中にです。中国に負ける、韓国に負ける、世界に置いて行かれるというのが常套句ですが、数年前までは円が100円を切ったら、90円を切ったら経済は壊滅するかのように言われましたが、いまや80円そこそこです。株価も同様に脅しに脅されいまや9000円にも届きませんが、日本経済は壊滅しちゃいましたか?

 早い話しが、国の政策や方向性を引っ張り込むのを(ネジ曲げるのを)、政界・経済界・マスコミがチカラづくでやっているだけで、彼らの経済的な予測など性質の悪い扇動でしかありません。実際にその政策で繁栄する業界はあるでしょうが、しかしその裏で何が起きているのか我々は知らされてなく、経済一辺倒の行く着く先は、ブタ肉工場と繋がっているのかもしれませんし・・。

こんなことばかりやっていると、そりゃ天変地異も起きるわな~。人間は自然のチカラづくには適わないのだから、チカラづくから逃れる、チカラづくを避ける、そんな思考が大切で、そんな社会にしなきゃと思いませんか?

見えない審議

2012年6月22日
私は温厚な性格ですので、糾弾するような、誹謗するような文章を書くことはキライです。しかし現実には、糾弾・誹謗しなければならないことが頻発していて、ぜんぜん楽しくないのです。

原子力行政の今後について、2日ほど前の原子力規制委員会設置法の審議で、9月までに規制庁を発足させることや、経産省所管から外し独立性の高い組織とすることなどが決まりました。しかし、この中にトンデモな文言が混ざっていました。それは原子力基本法の基本方針である原子力の平和利用を謳っている本文を、「安全保障に資する」に書き換えようとしていることが判明したのです。

「安全保障に資する」とはどういう意味か、日本語はとても難しいのですが、国家安全に関する事柄であれば原子力の利用範囲を変更できる・・と解釈できてしまうのです。とても分かり易い例え話にすると、北朝鮮が核の脅威をドンドン煽ってきて、その対策に窮した場合には原子力を使って核武装できる・・と読めるのです。国家に差し障る脅威を取り除くためですから、核武装が「安全保障に資する」わけです。

この改正法案は、民主・自民・公明のプレ大連立トリオが賛成して通過させたのですが、この内容の審議が為されているとは国民には知らされていませんでした。審議の過程が表に出てこず、突然に法律として可決されてしまったのですが、何も決められない政府のくせに、こんなことだけは粛々とこなしてしまうのです。

消費増税とこの原子力規制委員会設置法、ともにプレ大連立トリオの談合ですが、なぜ、こんな重要な法案の審議過程が隠され、表に出てこずに決まってしまうのか?見えない審議を表に引っ張り出すことはできないのでしょうか?(本来マスコミの領分ですね。)やはり大連立トリオと省庁が、この国の支配者となってしまったのでしょうか?

一郎クンの政治姿勢や資質がとやかく言われますが、大連立トリオと官僚の野合を潰せるのなら、この国ごと一郎クンに乗っ取られた方がよほどいい、とまで思ってしまいます。
プロフィール

等閑堂

Author:等閑堂
”ひつじのこ”にようこそ!
あなたの日々積み重なるものはなんでしょう?

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ