あんぽ屋

2011年5月30日
先日ある懸賞サイトに、三洋(この会社名はまだあるのかな?)が開発した、米粉からパンを作る「ゴパン」という調理家電が載っていました。発売当初は、予約して数ヶ月しないと入手できないほど人気があったもので、お米からパンを作れるのはこれだけでしたよね?

以前、安曇野でおいしい「おやき」を食した話しを書きました。先日、なにかのテレビ番組で、長野の栄村には米粉から作る「おやき」があり、それは「あんぽ」と言われていると紹介されていました。米粉の「おやき」想像しただけでも美味しそうです。

いつもの癖で、勝手に妄想が膨らんでいきます。この「あんぽ」、米粉をこねて焼くのでしょうが、焼かずに蒸したらどうなるのでしょう?そう、「あんぽ」のハナマキバージョンですね。もちもちに蒸された「あんぽ」、中の餡は高菜やキンピラで、もちもち感を想像しただけでも満足な気分になれそうです。

さらに妄想は膨らみます。この蒸し「あんぽ」の中に何を入れるかですが、これはもう無数の組合せができそうです。おにぎりの具はすべてOKで、漬物の類もほぼすべて可で、カレーやオムライスはもちろんで、鳥・牛・豚と肉類もバッチリです。これはもうB1グランプリ優勝も夢じゃないですね。

で、さらに妄想は、「あんぽ」屋さんは可能かと続きます。お米屋さんがおにぎり屋さんをやっていることは間々ありますが、「あんぽ」屋さんだとより豊富な品揃えができ、5~10分で蒸したてを提供できます。あったかい「あんぽ」、おにぎりより売れそうです。商売としてもいいんじゃないでしょうか。

・・・といくらでも妄想は膨らみますが、私自身は食べ物を作ることは苦手でして、そんな大それた、面倒くさいことはできません。どなたか「あんぽ」屋さんやりませんか?商品企画はいくらでも用意しますよ。(食べ物の妄想はいつだって心地いいのです。)
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雨の日の雑駁

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 昨日(5/27)から梅雨に入ったらしいです。朝からずっとシトシトと弱い雨が降り続いています。巡りくる季節ですが、今年が違っているのは放射性物質が混じっていることか。

 先日、テレビでやっていたことですが、レコード屋さんが古いシングルレコードをCDに焼き直して、ジャケット写真や中身の解説や歌詞カードなどをCD用に作り直して、あたかも新譜のように販売していました。1枚800円とのこと。一見商売としてどうなの、儲かるのと思いますが、中高年のお客さんで盛況だそうです。

 新しい技術はすべて有用で、古いものはすべて取って代わられるべきとは思っていません。特に、IT技術は功罪半ばではなく、罪のほうがかなり勝っているのではと思います。(まぁ使う人間が悪いのですけど。)でも、この古いレコードの復刻サービスはいいですね。昔のものを引っぱり出して再度楽しむことはもちろんですが、大勢の人を巻き込んで一儲けじゃなくて、一人一人が楽しむための技術ですから。

 もう1つ、このニュースで感心したことがあります。それはレコード屋の店長が「お店を活性化させるために取り入れました。」と言ったことです。近頃では、音楽を聴くためにCDを買うと、「エッ?買うの?」と言われる時代です。そう1曲2曲ダウンロードするのがキョウビの買い方です。時代遅れの私はダウンロードしたことがないので、手順や価格など一切知りませんが、これじゃお店は成り立ちませんね。

 ただ儲けることを一義とすれば、土地・建物・人件費・在庫などが必要なお店じゃなくて、インターネット上でやればいいことです。そっちの方が儲かります。あえて、あくまでお店の活性化を一義としたところが、とてもいい判断だと思うのです。お客さんはジャケットを手に取って、中の解説や歌詞カードを確かめて、安心して楽しく選べて、お店は賑わいます。

 イヤなことを思い出しました。AKB何たらの新譜販売ですが、CDに人気投票の投票権を入れて販売し、2日で100万枚売り上げたそうです。こういう商売は、「あごぎ」「あざとい」「赤子の手を捻る」ような商売だと思います。抽象的で申しわけないですが、モノを売ることは、特に音楽や文学といったものは、“勢い”で売るものではありません。“勢い”で売るのは、すぐ腐れるもの、どうでもいいもの、すぐ化けの皮が剥がれるものと決まっています。こんな”勢い”のための新しい技術、そんなに必要でしょうか?

 新しい技術が、いいものを広く伝えるものであればいいのですが、必要じゃないもの、どうでもいいものの販売に大きく貢献しているのが現実です。どうでもいいものが巡り巡っている・・・などと、雨を眺めながら思っています。

仙台遷都4

2011年5月25日
原発は相変わらず燃料棒の温度の上昇や下降に振り回され、水を循環させて冷却するまで、安定化への先手を打つまでに至りません。でも、放射性物質の放出は止まっていませんので、今この現状で政府がやるべきことは、放射線汚染の現状把握と現状分析による先手を打った、避難地域対策や農業・漁業対策を練ることです。でもやっていることは初期対応の拙さに対する足の引っ張り合い、責任の押し付け合いです。今、誰もそんなこと望んでいないって民主も自民も気づけよ!です。

今日、大きな扱いではなかったのですが、「宮城県は、震災からの県の復興計画案で、東北地方への首都機能移転を国に求めていく方針を固めた。」との記事がありました。やっと「仙台遷都」案が当事者から出てきました。

復興していくために本来は、全体構想を出して、1つ1つの具体案を重ねていくものだと思います。でも政府は、「被害が大きすぎる。」とか「対象地域が多すぎる。」といった言い訳ばかりで、未だに何の全体構想も出していません。菅政権は、必要に迫られた事案にかろうじて回答しているだけです。対策しかできないのであれば政治は不要で、役人だけで充分です。

政治の役割は役人を動かすことと、指針を作る、方向性を打ち出すことです。この指針や方向性といったもの、広い地域での多くの人たちの復興ですからとても重要なことなのに、政府を待っていたのではラチがあかない状況です。現状の政府には、指針や方向性を示す能力や気力がありません。

ということは宮城県が主体となって、先手を打って、「仙台遷都」を主張しなければなりません。「副首都機能を東北に作る。」と遠慮するのじゃなく、「仙台遷都」を堂々と大声で主張しましょう。これが復興の指針となるのだから。

いらない感

2011年5月23日
特段の必要性も無く、感化されたわけでも誘われたわけでもなかったのですが、<facebook>に登録しました。(こういうのを魔がさしたというのか。)

登録そのものは別に問題も無くスムーズにいきましたが、中身を見ていくうちに、違和感というか、不要(いらない)感が漂ってきました。出身学校を書き込むと、同窓生が検索される、趣味を書き込むと、同好の人が検索される、よく出来ています。でも、漂うのはいらない感です。

どうやら、友達検索と知り合い検索がメインのようです。「知り合いかも?」が勝手に出てきて、「友達になる」も勝手に出てきます。これは親切なのか?大きなお世話なのか?ですが、正直に言えば“大きなお世話”です。時代遅れの偏屈オヤジは、会ったことも話したことも無い人と友達にはなれんのです。(なにマジなってるの?と言われそう。)

安直な感想ですが<facebook>って、楽天的な人がヒマ潰しにヒマな人を探して、一緒にヒマ潰ししましょうっという感じですね。まぁ、同好会や倶楽部のノリですね。いかにも明るさとノリを好むヤンキ-らしいもので、いかにも偏屈者には受け入れられそうにないものです。それに、同郷や同窓や同好を探してコネクションサーチって、そりゃあまりに身勝手だろうと思ってしまいます。

趣味も仕事もオープンに明るくってことでしょうが、偏屈な私はついていけそうにありません。でもまぁ、魔がさしたということで、地味に続けましょうか?(放置?)

ゴミを見る女

2011年5月21日
30度近くあったでしょうか、なにもそんなにと思うほどの暑さでした。しかし、この陽気も来週にはグズつき、気温は下がってもジメジメの梅雨へなっていくのでしょう。

私がいつも座っている所から、町内のゴミ集積場が見えます。土曜日も収集があり、ゴミ袋が積まれています。無意識にボォ~と見ていると、視線の先で妙な動きがありました。どこぞのオバチャン、ゴミのケージに入り、ゴミ袋の口を解き中身をのぞき込んでいました。なんでまた?

続けざまに2つ3つと袋を開けてのぞき込む、う~ん、チェックしているんですね、中身を。人様のゴミのチェックか・・・。こういう珍しい行動を見ると、勝手に動機や心情を推理(妄想)するのは悪い癖です。でオバチャン、複数の袋を念入りに見ていましたので、興味本位を越えて本気(マジ)です。で、チェックしてアウトが出たらどうするのでしょう?

東京都内のゴミは名前つきです。袋に、名前を書いた札を貼って出します。でもハンパな田舎のここでは、札も名前も要りません。だから、置かれた、捨てられたゴミの所有者を知ることは難しいのです。だから、袋を開けるのか?でもアウトなものがあって、所有者(捨てた人)が分かったらどうするのでしょう?

勝手にゴミ袋を開けて、不法投棄品(タイソ-な)を捨てた人に突きつける、そんな根性のある人を未だかって見たことありません。そんなことが目的でゴミをチェックしているのか?それとも収集する人への気遣い?順法精神の発露?いろいろ考えても、チェックした後の行動が推察できません。

おそらくご本人は、いい事をやっていると思い込んでいますね。でも、身内や親しい人がやっていたら、ほとんどの人は止めるでしょう。それでも本人は、善かれと思っているでしょうから簡単には止めない、面倒な事です。やり過ぎ、独りよがりは言い過ぎでしょうが、やっぱりやり過ぎでしょう?(ただののぞき趣味だったりして・・。)
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等閑堂

Author:等閑堂
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