嫌悪する権利

2010年9月29日
6800人の被害者が出ていると見られています。なんのこっちゃですが、タバコを吸わない人が、他人のタバコの煙によって健康を害した人数だそうです。

「見られている。」「だそうです。」とても歯切れの悪い表現です。で、切りのいい6800人という数字、何をどうやって調査したのでしょう?肺とか気管支とかの病気になった人の数から、ニコチンやタールによってその病気が発生したと断定できる数を出し、さらにその中から、原因が受動喫煙と断定できる数をまとめたのでしょうか?そんな数は特定できないでしょう。だから6800人?

6800人という数、正当性というか信憑性というか、定かなものでしょうか?ニュースの論調は「こんなに被害者が出ている」という感じでした。数字は実体を分かりやすくする、強調するために使われますが、6800人が多いのか少ないのか、私には判断できません。また、そこまで推察できる数字なのかも分かりません。

いまさら喫煙の害を云々してもしょうがない、すでに喫煙は悪で、あえて悪に手を出す者は相応の自己負担をしろということです。で、まだ悩んでいます。少しは買いだめした方がいいのか、どうか。

ただ、こうやって戯言や暴言を書いてしまうのは、諸悪の根源の如く言われれば言われるほど、かたを持ちたくなる偏屈者だからです。どんなものだって量が過ぎれば“毒”になり、どんなものだって頻度が過ぎれば“悪”になります。酒だってコーヒーだってそうでしょう。そんな中からタバコを槍玉に挙げ、集中的に“害悪”と決め付けて、一件落着でしょうか?そんなやり方は嫌いなんです。
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蒸せば幸せ

2010年9月28日
先日、友達が遊びにきまして、昼食はいつものようにおいしい中華屋さんへ。でもおいしいもの、好きなものを食べる時間って、あっという間に過ぎてしまいますね。

いつもの身辺の下らない話しや、中国の悪口などをブツブツとやっていましたが、またまた食べ物の話しになりました。前回の豆や筍などの「炊き込み御飯専門店」は、「あったらいいな~」と次第点をいただきましたが、今回は「せいろ専門店」です。

世の中、数多の食べ物がある中で、いつだってすぐ思いつく、いつだって喰らいつくほどの好物は何かと考えました。で、私の場合、肉の入っていない肉まん、あんこの入っていないアンまん、そう「ハナマキ」なのです。ハナマキ大好きなのです。特に蒸したてのもの。エビチリと一緒にとかが多いですが、単独で、何個でも食べられるほど好きなのです。

で、ちょっと他を考えてみると、蒸しパン、茶碗蒸し、あさりの酒蒸しなどの蒸し料理が好きだってことに気づきました。で、思いつくまま喋っていましたら、蒸し野菜を中心として、魚や肉類を少し、後は釜焚きのご飯に味噌汁、こんなお店があったらいいねとなりました。そう「せいろ(蒸し)専門店」です。

ご飯・味噌汁・さんまに季節の蒸し野菜、素晴らしいコンビネーションです。栄養面でも旨さでも文句のつけようのないもので、こんな食堂が近所にあれば最高ですよね。でもひとくさりブッた後、「炊き込み御飯とせいろ蒸し、なんか単価の安いものばっかり思いつくね。」なんて言われてしまいました。安い食べ物で満足してしまう人間でして・・・。(情けない?)

タジロぐ

2010年9月27日
中国が謝罪と賠償を要求しています。普通の感覚の日本人でしたら、「エッと?」と耳を疑い、あまりの常識の違いに「タジロ」ぎます。

民主党の弱腰外交に対しては私も憤りを感じますが、怒っても時が戻るわけじゃない、怒っても中国人が筋をとおす良き隣人になるわけでもありません。ですので、単純な批判は控えましょう。ただ見落せないのは、首相と外相が外遊中に、検察が日中関係を慮って政治的な配慮をしたことです。民主党には、国際関係に関して首相や外相より強い発言力、影響力、傲慢さをもつ誰かがいるということです。

それと重要なことがもうひとつ、発信力です。日本の立場や意見を発信することです。歴史的経緯から現状に至るまでの説明が、しつこいくらいの説明が必要です。さらに、日本は他者の弱みを突く、他の問題を絡めることはしない、正々堂々と協議すると発信しなければなりません。

さらにもうひとつ重要なポイントを。温家宝とか胡錦涛とか言っても、中国共産党から選出されただけで、人民(国民)から付託されたわけではありません。まぁ中国共産党そのものも、国民から選ばれたものではない。(中国は国政選挙をやったことは無い。)その点民主党は、一応は選挙で付託された政党ですから、世界に向けて発信できるし、発信しなければならないのです。「タジロ」いでいる場合ではないのです。

だからマスゴミさん、批判特集は止めましょう。ああ言った、こう言ったと反射的に反応するのではなく、正常な協議を提唱しましょう。それが、マスゴミの存在意義でしょう。アッそれと、最近「タジロぐ」に新しい解釈ができました。正確には「田代ぐ」と書きますが、「狼狽して薬物に手を出す」ことだそうです。良い子もオジサンも「田代ぐ」は真似をしないように。

空騒ぎ?

2010年9月25日
尖閣諸島でのゴタゴタ、下手くそな不相応な役者が幕を引こうとして、かえって大騒ぎになってしまいました。

国力のバランスやその時代の風潮に左右されるから、領土問題は難しい。どんな国だって言い出したら後には引けない。そして、デリカシーのない国ほど、本当は弱い国ほど、他のいろんな問題に絡ませて本質を誤魔化そうとする。

でも、中途半端に中国人船長を釈放するのはおかしいし、それを「日中関係を考慮」してと、検察が発言するのはもっともっとおかしい。政治家が正面から説明しないのは、もっともっともっとおかしい。

昨日の夜から今日まで、ニュースのトップはこの弱腰外交に批判集中です。ニュースに独自の解釈で色を付けて流すのは勝手だが、どこの局も批判だけ、批判のための批判だけしか流していません。誰がどう言った。中国がどう言った。アメリカはこう言ったと。

マスゴミさん、批判だけを集めて流すのでは不充分でしょう?それじゃ国中でバッシングに走る中国と同じでしょう?集めた批判の半分でも、3分の1でも、現状の分析や先を見越した提案があってしかるべきじゃないでしょうか?

今回は直前に検察の不祥事が発覚したから、安直に検察批判が出ています。でも、外交問題を取り仕切っているのは外務省です。確か外務省には、中国人脈専門の「チャイナ・スクール」と言われる人達がいた筈です。彼らは何もしなかったのでしょうか?

以前、中川大臣が国際会議で“酔っ払い”を演じて大問題となりました。そして中川氏の個人的性癖が原因となりましたが、大臣をサポートするはずの外務省の役人がしっかりしていれば、酩酊大臣を世界に晒すことはなかったのです。酔っ払ってインタビューを受けた大臣も悪いけど、それを見逃した役人も充分に悪いのです。で、今回の件、実際の折衝は役人の仕事ですが、役人の不作為や怠慢はなかったのでしょうか?

もう1つ気になること。これだけ世論を煽って何をやりたいのかという疑問です。仙石という左巻きの変なオヤジは問題ですが、煽りすぎると、眠っている多くの右巻き庶民を起こしてしまいます。マスゴミ報道を鵜呑みする純朴な庶民、それを煽動する危険な政治家、きな臭い話しになってしまいます。まだまだ冷静さが必要です。

生きる欲


 先日の夜ちょっとした会合がありまして、もう7~8年足を踏み入れていない夜の新宿へ。4~5人の集まりだろうと思っていたら総勢10名も集まり、これまた10年ぶりくらいの居酒屋団体客となってしまいました。

 居酒屋団体客、宴会は嫌いなのですがゲストのような状況で、10人中7人が初見の方々、まぁ流れに身を任せるしかないです。会費制の飲み放題食べ放題で、大人数の場の雰囲気と幹事役の気配りで、ついつい食べ過ぎ飲み過ぎをやらかしました。(飲み放題はこれがヤバイ。)

 で、お開きの9時半過ぎ、思ったとおりの展開で腹には何も入らない状態となり、二次会をパスして帰途に着きました。しかし、これからが“地獄”のはじまりとなったのです。最近のパターンなのか、体質が変ったのか、飲み終わって10~20分経って混んだ電車に乗り込むと“地獄”となります。

 乗ってすぐは大した異常はないのですが、徐々につり革にぶら下がっているのが辛いほど体が重くなり、視界が暗くなってきます。さらに、両手でぶら下がっても体を支えきれずユラユラとなります。前で座っていた女性が席を譲ろうと言ったのですが、言葉を返す余裕すらないのです。

 座席の横の棒にしがみつき辛うじて立っていると、周りの乗客は「このオッサンヤバイ」とばかりに、ちょっと遠まき状態となります。このままではヤバイ、本当にヤバイと朦朧とする頭に危機感が高まってきた時、やっと駅に到着しました。ヨロヨロと電車を降りてベンチを探しました。

 この夜ツイていたのは、電車の中も駅も涼しかったことと、ベンチがすぐ近くで空いていたことです。この涼しさとベンチがなければどうなっていたのか、危機を脱することができたのか、考えただけでもおぞましいのです。

 ベンチに伏すこと7~8分、やっと意識がハッキリしてきて、視界も明るくなってきました。(たぶん)電車を1本やり過ごしただけで、今回はどうにか生き延びました。しかし、我ながら見事な酔っ払いオジサン、子供時分から青年時代までの自分では、想像だにしなかった醜態を晒してしまいました。

 最近ひどく酔うと、徐々に視界が狭く暗くなり、ついには真っ暗となり、視界とともに意識がなくなってしまうことがあります。これは、意志とか気力とかではどうしようもないもので、この2~3年で2~3回と恒例になりつつあります。で、とてもイヤな妄想が湧いてきました。“死ぬ時”ってこんな感じなのかなってことです。

 視界が暗くなる、意識がなくなっていく、そんな状態に、肉体、精神ともに抗しきれないって怖いですよ。普段、気力とか火事場の馬鹿力を信じていればいるほど、抗しきれない現実に畏怖してしまいます。と、こんなことを書きながらテレビをつけると、珍しく、久しぶりに写真家のアラーキーが出ていました。

 アラーキーは有名な“エロスの大家”です。女性の裸を撮りながら、独特な“性”を表現します。そんな大家の代表作「センチメンタルな旅」では、“死”が見事に表現されていました。最近のアラーキーは、愛猫の死と自らの前立腺癌の治療を経て、“古希からの出発”だそうです。

 私、“死”を意識することは滅多にないのですが、すでにいつ“死”が訪れても不思議じゃない年齢です。そして“死”を意識したとき、何の因果かアラーキーが登場しました。でもテレビの中の彼は、近づく“死”を感じながらも、“生欲(せいよく)”という新しいキャッチフレーズを語っていました。そうなんだよな~。“死”はまだ要らないよ。もっと後にしてよ。と、アラーキーは申しており、私もそう願っています。
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等閑堂

Author:等閑堂
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