縄文の気性

 ネットのニュースサイトを見ていまして、「縄文時代が10年ぶりに復活」を見つけました。小学6年生の教科書に、旧石器と縄文時代が10年間載っていなかったのですね。

ゆとり教育の授業時間の関係で、日本の歴史が弥生時代から記載されていたとは知りませんでした。しかし、怖くなるほどの無定見です。縄文時代は凡そBC1万3千年からBC3千年位までの約1万年間ですが、この時代に世界で最初の土器「縄文土器」が作られ、最盛期で日本全体に30万人が住んでいたと言われている時代です。

現在も残っている食生活の嗜好や、神楽のような風習などいろんなものが、縄文時代から続いているものです。また、仏教や儒教や神道も縄文以来の精神性が入り込み、日本的な(縄文的な)宗教となっています。我々日本人のベースになっている気性が、この永き1万年にあるのです。これを端折るとは言語道断です。

日本の国土にはまだ60%以上の山林があります。これをアフリカの人に言えば、「なんて遅れている国なんだ。」となるそうです。この考え方の分岐点となるものが縄文だと思います。今でも「必要以上のものは採らない。」と、農業や林業従事者はよく口にします。山菜がもっとも分かりやすいものですが、そこには資源を次の年に残していく、環境を残してつないでいくという考え方があります。これは縄文人から現代人まで、引き継がれている“気性”です。

 そんな縄文の“気性”を引き継ぐこの国で、牧畜は普及しませんでした。牛や豚やニワトリは飼ってはいますが、生産をコントロールできなかった、コントロールする必要なかったのです。これは、植物性たんぱく質が多く採取されることで、動物性たんぱく質をそんなに必要としなかったからでしょう。そんな国とアフリカの国を比較してもとなりますが、これは誰が何を作るのかという問題なのです。

 植物を再生産することと動物を再生産すること、この違いを考えなければいけない時かなと思います。動物の再生産には多くの植物が必要で、その結果が世界中の砂漠にあります。アフリカにもアジアにも。今は砂漠でも、もともとは植生豊なジャングルだった。どの時点かは知りませんが、植物を主食とする民と動物を主食とする民に分かれ、動物派が勝った土地が時を経て砂漠と化した。これは人種や民族の問題ではなく、偶々だったのかも知れませんが、縄文的な“気性”があれば、砂漠化は避けられたのかもしれません。

 ただ我々はこうした歴史的な経過を知っているわけで、知りながら同じことを繰り返すのは愚の骨頂なわけです。宮崎の口蹄疫のニュースも、アフリカの飢餓のニュースも同じような根を持っており、漠然とこうした思いが湧いてきます。もっと動物を再生産する意味合いと方法を考えるべきでしょう。でも、授業時間の短縮で、安直に縄文時代を削ってしまう人達には分かってもらえないでしょうね。
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ささやかな一歩

2010年5月28日
今日のニュースは「罷免」でいっぱいでした。昨日、社民党や福島代表のことを書きましたので、今日は違うことをと思っていましたが、昨日の続きとなってしまいました。

結局、基地移設問題は辺野古に戻ってきたわけですが、自民のトッチャンボーヤ党首が「自民と同じ結論になった」と言ったときは驚きました。以前、自らが決めた辺野古案がいかに嫌われている駄目な決定だったか、その再確認となったことに気づいていない。まさにトッチャンボーヤです。

で問題の福島のおばちゃんですが、「沖縄を裏切れない」とはかっこいい発言ですが、そのために社民は何をしたのでしょう?目に見えるもの何かありますか?本当に国外に持っていくための活動をしたのでしょうか?具体的な行動は無くから念仏ばかり、そんな党は要らないんですがね。それと、大臣は閣僚です。閣僚は日本そのものを念頭に、発言し行動しなければならないのに、おばちゃんがやったのは社民党のスポークスマンで、社民党の党利・党略、選挙運動でしかなかった。大勢の記者に囲まれて、テレビカメラに追われて、嬉しそうに映っていたとは言いすぎでしょうか。(同じ党利・党略であれば辞任のほうがいいわけで、だから昨日「辞任」しろと書いたのです。)

ただじゃ済まないのが沖縄ですが、「元に戻った」という発言が耳につきました。もし政権交代がなければそのまま辺野古だったわけで、下手な希望をちらつかせたハトポッポはもちろん悪いのですが、「元に戻った」だけじゃないかとも言えるのです。しかし今回は、僅かながら「県外分散」という一歩が、今までどこからも出てこなかった一歩が出てきました。60数年続いてきた沖縄の負担を軽くする、一挙に変えることはできないけど、初めての具体策が出てきたことは、ささやかながら重要な起点ではないでしょうか。

署名拒否

2010年5月27日
社民党の福島代表は、民主党政権の消費者・少子化担当の大臣なのですが、今回の普天間基地移設問題で、閣議決定に「辺野古」の字が書かれていた場合は、署名を拒否すると発表しました。

エェ~と、どう言ったらいいのか、閣議の決定に何故社民が党で決定を出すのでしょう?一応所属政党と閣僚は区別されているのに、不思議ですね。現実と社民党独自の妄想が区別されていないですね。そりゃ「できれば海外、少なくとも県外」と民主は言いましたが、これでは65年続いてきた基地問題を、1年も経たない現時点で解決できなければ駄目だと言っているのと同じです。

一度日米2カ国間で決まった内容を、政権交代があったので再度検討に入った。しかし、「できれば海外、少なくとも県外」を実現させるには、沖縄だけに限っても、土地の賃貸や補助金、労働者の処遇など多くの問題を“遡る”作業が必要です。しかし、“遡る”には“遡る”ための理由や気運がないと出来ないことで、それが「県外分散」だと思います。

瓢箪から駒の「県外分散」でしょうが、「県外」を検討するだけでもこれだけの労力を要するのです。社民党はこの移設問題では、グアム・テニァンへの移設を言っていましたが、なぜもっと執拗に、なぜもっと続けて主張しないのでしょう?社民党自身、ホントに「県外」を真剣に考えているのか疑わしいものです。

署名拒否なら罷免と言われています。「罷免を受けるのか?」の問いに、「それは相手方が考えること」と福島党首は答えています。これって、今のマスゴミと政治家のレベルの低さを現していますね。「罷免を受ける」「相手方が考えること」ともにトンチンカンです。「罷免」は下すもので、下した「罷免」に後で考える余地はないのです。

この際、福島党首は「署名拒否」し「罷免」される前に「辞任」すればいいのです。「こんな民主に付き合っていられない」と。そのほうが支持率上がりますし、存在理由を証明することになりますよ。どうです福島さん?

点の取り合い

2010年5月26日
今日の未明、サッカー日本代表チームが合宿地スイスへ出発しました。これでW杯が終わるまで帰って来ないのですが、さてさてどんな顔して帰ってくるのでしょうか?

しかし先日の韓国戦は冴えない、近年稀に見る出来の悪い試合でした。今の代表チームは、短いパスをつないでいく、コンパクトに固まって動くことを基本としているチームだと思っていましたが、パスは後しかつながらないし、中盤で相手を自由にさせているし、何やっているのでしたね。

とっても心配なのは、中村俊輔と遠藤の動きが少ないこと、2人してパスの精度が上がってこない(簡単に書けば“悪い”のですが)ことです。特に中村はドリブルや短いパスまで精彩を欠き、かなりの重症ではないでしょうか?(本番では中盤を中村憲剛、トップ下を本田とする組み合わせに変えるべきでしょう。)

監督の岡ちゃんはフランス大会以来の2度目ですが、前回のドイツも酷かったですが、フランス大会での戦術は全然駄目でした。ボロ負けしないための腰の引けた戦術で、よくて引き分けの超々消極的だったのですが、今回も同じですね。

それと重要なのは気持ちの問題でしょうか?前回のドイツで唯一心に残ったシーンは、3-1とリードされたオーストラリア戦の終盤、ボールを奪った中沢が猛然と自分で持ち上がって行った時でした。ほとんどの選手が戦意をなくした中、ひとりもがいていました。(ドイツW杯後、彼が代表を辞退したのは何となく理解できますね。)

どんなスポーツでも点を取らなければ勝てないわけで、シュートしなければ点の取り合いにならないわけで、パス回しばかりでは駄目なのです。韓国戦はみっともない試合でしたが、シュートしなきゃと思い直すきっかけになったのであればいいのですが。

蛮勇引力

2010年5月25日
ハトポッポ首相「辺野古周辺」発言で四面楚歌となっています。「すくなくとも県外」の公約がまったく反故になったのですから、沖縄県民の怒りも無理なからぬところでしょう。

基地問題以外にも民主党政権には、一連の大きな課題であった財源の問題があります。「子供手当」「高校無償化」「ガソリンの暫定課税」等々ですが、これらは財源が大きなネックとなっています。財源確保のために「事業仕分け」をやっているのですが、思ったような効果が見られません。

多くの人は、「民主党は何をモタモタしてんの?」「公約(マニフェスト)はどうなった?」と思っているのでしょう。現状のこれらの課題が解決できないのは、本当に民主党やハトポッポが無能無力だからでしょうか?私は違うと思いますよ。

米軍基地の問題、財源確保が出来ない問題の2つは、自民党による50年以上の失政のツケが要因です。今回の普天間から辺野古への移設が契機となり、戦後60年を経て初めて「県外移設」案が出てきました。自民政権下では、たどり着けない本当の解決への入口です。一足飛びに海外移設がベストですが、沖縄の土地利権が強固なため、海外移設はありえないという説もありますが、まずは沖縄の負担を減らす=県外移設案は1歩前進だと思います。

財源問題は、「事業仕分け」で少しずつ、無駄遣いや余剰金(プール金)を見つけていますが、これも自民政権下では出来ないことです。まったくの道半ばですが、この2つだけでも、政権交代は間違いじゃなかったのです。

ただ民主党の蹉跌は、政権交代したにも関わらず官僚は親自民、反民主のままで動かせない点です。官僚からすれば、好きにやらせてくれる自民が、彼らにとっては好都合なのです。そこにさらに民主閣僚の腰砕けもあり、政権(官僚)をまともに運営(コントロール)できないのです。

ここで必要なのは「蛮勇」ではないでしょうか?自民がやってきた失政を徹底的に暴き出し、「今までのこれが問題」「今までのこれを変える」と明確にしていくことが重要だと思います。新しい施策やマニフェストの実現には、前政権の垢を落とさなければ無理なのではないでしょうか。そのための、暴き出す「蛮勇」力を持つのが一郎クンです。自民やマスゴミが執拗に一郎クンを攻撃するのは、この「蛮勇」力を怖れているからではないでしょうか?
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