次に備える

12月30日
今日が晦日であす大晦日、今年はこれで終わりとしましょう。

今年一番のニュースは何といっても”タイガー・ウッズ”じゃなくて、”政権交代”ですね。60年ほども続いた自民政権がやっと引きずり降ろされて民主政権となり、まだ結果は出ないものの政治家が見えてきています。何よりも、バンソウ膏貼った奴とか、外国での会見でへべれけになった奴を見なくて済むだけでも、精神的にはいいですよ。

ただ勘違いして欲しくないのは、民主がよくて勝ったのではなく、自民が悪すぎて自滅したということです。現状ではまだ、民主の足を引っ張ろうとマスコミが偏向した報道をやっていますが、自民が盛り返すには議員の総入替えか、10歳以上の若返りが必要と思います。

民主は民主で、”とらぬ狸”のマニフェストではなく(マニフェスト一辺倒ではなく)、本当に必要される政策、実行可能な政策を見極めることが重要となります。また、仕分けの際に、大臣が既に官僚に取り込まれていると指摘しましたが、官僚の専横を断ち切る”豪腕をふるう”ことが時には必要で、官僚の壁を壊さなければ埋蔵金を掘り起こすことはできません。

自民がやった60年のデタラメを正していくことは大変ですが、ペースは鈍くともひとつひとつ確実に変えていく、これが国民が望んでいることではないでしょうか?・・・とまぁ政治は政治で大変ですが、自分もこの1年をしっかり省みて、少しずつでも変えていかなきゃ。来年は大変だ!?
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産土の子

2009年12月29日
先日、同じ市内にあるお寺から「初詣のご案内」というハガキがきました。出しているお寺には気の毒ですが、地元の神社にも行かない私、そのままゴミ箱へ直行です。

初詣は、いろんな有名どころをはしごする人もいるでしょうが、年に1度のものですから、神社やお寺が宣伝するのもありでしょう。でも、こんな時だけ投げ銭ていどで“神頼み”って、ホントに日本人って気まぐれですね。

以前、町内会の仕事で神社の清掃や初詣の準備を手伝わされまして、その時感じたのが「氏子」ってなんじゃいということです。で、ちょっと調べましたら、明治以前はその地域ごとの地縁としての産土神(うぶすながみ=神社)があり、その地域に住むものはその社の氏子とされていました。1906年に明治政府が「神社合祀令」を出し、1村に1社と統廃合をすすめまして、敗戦後の「神道指令」で国との関連を絶たれた後も、精神性というか背景というか残滓というか、そんなものが生き残り、地域の神社とその氏子となっているんですね。お寺は変えられても、神社(氏神)は変えられない、これ日本の常識なのです。

例えば「スサノオノミコト」が好きだから、スサノオを祀っている神社で初詣したい場合はどうなんでしょう?これOKなんですね。どこへ参ろうとも、どこへも参らなくとも、いくつ氏子を重複させてもOKなんです。素晴らしい柔軟性ですが、氏神への寄進(寄付)を拒否すると、氏子のくせにと白い目で見られます。

宗教に限らず白黒つけず曖昧なままで生きていけるのは、この国ではいいことなんです。で、初詣に行くかって?まぁそのとき次第ってことですね。

残業警官?

2009年12月27日
最近のテレビはやたらと特番が多い。そしてこの時期になると必ず出てくるのが「警察」ものです。パトカーや警官が走り回っていると、なぜか見続けてしまいます。

興味をそそるタイトルに、意味深なナレーション、ついつい見とれていると何のことないしょーもない酔っ払いだったり、些細な小競り合いだったり、相変わらずテレビ局は狡猾というか小狡いですね。

「警察」ものを見るたびに、ホントにこんなに仕事してんのかと疑問に思います。断片的な映像をつないでつないでですから、本来の仕事振りではないでしょうけど、どうなんでしょう。身の回りに警察関係者がいないため確認できませんが、警察官だけが鬼のように残業するわけはなく、当番で宿直はあるものの基本的には9時5時の勤務ではないでしょうか。

この1~2年に起きた、通り魔的な殺人事件ってあまり解決していませんが、警察でも団塊世代の大量退職により、捜査力が大幅に落ち込んでいるそうです。それと世の中の流れから警察だけ例外ってことはありまえませんから、警察官の質も現代的な気質に変わって、仕事より自分優先になっているんでしょうね。

お盆と暮れに流される「警察」もの、そんなに働くわけないだろ~と見ているのは、私のようなへそ曲がりだけでしょうか。

死にたまうことなかれ

 今週流れていたニュースの中で、とても深くて暗くて重いものがありました。「自殺者12年連続3万人以上」です。

 本当に3万人以上なのでしょうか。いや多いと思っているのではなく、少ないと思っています。自殺者とは、おそらく遺書を残した人、「死にたい」と語っていた人、治癒する見込みのない病を持つ人が亡くなった場合の括りでしょう。遺書を残さず、「死にたい」と言わず、病気じゃなかった人が、車にはねられたり、高い場所から落ちたりして亡くなった場合は、凡そ事故死と処理されます。さらに現代的なファクターで「保険」があります。「保険」を適用させるために事故死とする、これも多くあるのではないでしょうか。事故死の中に含まれる「自殺」を推定し加算すれば、おそらく3万人の2~3倍の人数、これが実数ではないでしょうか。

 交通事故の死者数は、ここ数年1万人を割り込んでいます。(確か、事故が起きて24時間以内の死者がカウントされるはず。)交通事故の少なく見積もって3倍以上の人が毎年亡くなる「自殺」ですが、対策と思われるものは、役場の無料相談くらいのものです。

 健康や医療に関する問題は、あまりに門外漢すぎて何も分かりませんが、お金や事業に関する自殺者の悩みはよく理解できます。(一応?有限会社の代表をやっています。)先日、「トヨタ、部品納入価格30%減を要請」とのニュースが。これは、下請け業者の四苦八苦の現状を分かっているのか疑われる、強者の理論の押し付けです。このことを疑問に思わない、批判が出ない現状は、弱者に冷たい社会であることを端的に示しています。

 もうひとつ大きな問題に、大嫌いな「銀行」があります。昨年来、マンション販売会社が多く倒産しましたが、その中には中堅企業の「黒字倒産」も少なくありませんでした。なぜ黒字で倒産なのか、答えは簡単でして、銀行が融資しないだけです。本来銀行は、相手先企業の事業を精査して融資の可否を決めるべきで、融資が本業であるべきですが、「百年に1度の不況」のレッテルの前に横並びして、数多の企業を潰してしまいました。中堅企業でこの状況ですから、中小企業の厳しさはおって知るべしとなっています。

 大企業や銀行による中小企業イジメが常態化して、追い詰められる中小業者が多くなっており、経営難による自殺は増えていくばかりです。現状に変化がなければ減少することはないのですが、減少しない隠された理由は、「希望が見えてこない」じゃないでしょうか。

 病気の場合の希望は、薬であり治療法であり医師ですが、事業の場合は「見通し」です。将来に少しでも「見通し」があれば、死に急ぐことはありません。今の日本、明るい「見通し」から永く遠ざかっています。希望を持てずに子供が増えるわけないですし、希望がない所から新しいものが生まれることもありません。少子化と多すぎる自殺はつながっているんです。

 「禍福はあざなえる縄の如し」と言う諺が好きです。禍と福は縄のように織り重なっていると、焦らずに信じていきましょう。

台東区は好きだけど

2009年12月25日
世間はクリスマスです。繁華街に繰り出すこともなく片田舎に蟄居していますので、街の賑わいは知る由もありません。

夜の新宿はもう遠い過去となり、渋谷などはさらに遠い街で、足を向けることはありません。会社があったり、知り合いが居たりして馴染みのある街は、新宿、神田、志村坂上、人形町、秋葉原、九段下、池袋、入谷等々と何ヶ所かありますが、今振り返ってみると台東区が一番合っていたように思います。

台東区には、秋葉原の端っこ(秋葉原の半分は千代田区)、御徒町、上野、入谷、合羽橋、浅草とあり、街の中身は電気街、問屋街、美術館や動物園、ソープ街にお寺とバラエティ豊な街で、一言で表せば「猥雑」な街ですね。

散歩が好きでよく歩きましたが、根がへそ曲がりですので、表通りではなく暗く細い裏通りをもっぱら歩いていました。そして、目の前に洗濯物が掛かっているような、倒れそうな家屋に汚いネオンといった「猥雑」な台東区の裏道は楽しい散歩コースでした。

今にして思えば、家並みやお店を見て歩くのは楽しかったのですが、外で遊ぶ子供達を見ることはほとんどありませんでした。もうどこの町もそうなのかも知れませんが、小さな公園は閑散としており、裏道は何の音もなくひっそりとしていました。賑々しい通りにも子供の姿は少なく、目につくのは自動販売機ばかり。何かこの国の趨勢というか、行く末を見せられている、そんな感じの街でしたね。
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等閑堂

Author:等閑堂
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