こじらせる国

2017年8月15日
「韓日関係ももはや2国間関係を超え、北東アジアの平和と繁栄のため共に協力する関係に発展しなければならない」「歴史問題が韓日関係の未来志向的な発展の足を引っ張り続けることは望ましくない」「韓日関係の未来を重視するからといって、歴史問題を覆い隠して(前に)進めるわけにはいかない」「歴史問題にしっかり決着をつけた際、両国の信頼がさらに深まる」

上記の抜粋は、韓国の文(ムン)ナンタラという大統領の光復節(開放記念日)での演説内容です。つまり「歴史問題」が決着しないかぎり日韓関係の発展はないと言っています。「歴史問題」、これ耳タコというか、すっかり聞き飽きたフレーズでして、この解決策として何億円かの基金を拠出したのですが、ん?あれは慰安婦問題だけ?でも慰安婦問題も解決してなく、今度は慰安婦像をバスに乗せたりしています。そして次は徴用工問題、その次は創氏改姓・・・うぅ~ん、キリがない。

これに対して安倍チャン、「ゴールポストが動くことは絶対にあり得ない」と慰安婦問題の見直しを否定しています。アタリマエといえばアタリマエ、トーゼンなことです。しかしどんな言い訳でもアリな国で、前政権の執政なぞは簡単にヒックリ返せることでしょう。でもこの展開は先読みしなきゃいけません。ではどうする?後戻りしない協定、「最終かつ不可逆」な合意であったことを言い続けるしかないでしょう。

まぁ韓国の為政者が日本を糾弾し続けるしかないのは、大韓民国が建国した時からの宿亜(治らない病)でして、「歴史問題の決着」は絵空事でしかありません。問題をひとつずつ解決させたとしても、彼等はドンドン掘り続けて、ドンドン蘇らせて、いつまでも糾弾を続けるでしょう。じゃどうするの?

歴史的な凸凹はどんな国の間にもあるのに、なぜ日韓間はこじれるのかです。これひょっとして、こじらせたい側とこじらせたくない側があるからじゃないでしょうか?こじらせたくない側は、「解決すべき歴史問題はない!」と開き直るしかないのでは・・・。
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抗議するヤカラ

2017年8月9日
こんな事件はご存知でしょうか?有名私立の灘中学では、「学び舎」発行の検定教科書「ともに学ぶ人間の歴史」という教科書を採用しています。この教科書には、慰安婦の管理や慰安所の設置に日本軍が関与していたことと、慰安婦そのものが強制的であったことを認め謝罪した「河野談話」が紹介されているそうです。日本政府の「強制連行を示す資料は発見されていない」とも書かれていますが、この教科書採択に関して抗議の電話やハガキが学校にバンバンきているという事件です。

抗議の内容は大部分が同一で、このようなものです。『学び舎の歴史教科書は中学生用に唯一、慰安婦問題(事実と異なる)を記した「反日極左」の教科書だとの情報が入りました。将来の日本を担う若者を養成する有名エリート校がなぜ採択したのでしょうか。反日教育をする目的はなんなのでしょうか。今からでも遅くはありません。採用を即刻中止することを望みます。』

抗議者は電話でもハガキでも手紙でも、コピーのように上記の抗議を行っているのですが、「反日極左の教科書だとの情報」ってオカシイですね。「情報」ということは、自分で教科書を見たわけじゃなく、子供が実際に使っているわけじゃないということで、完全な第三者が抗議しているのです。第三者から抗議を受ける筋合いはないと言うのではなく、実際に読んでなくて「よく言うわ?」ということと、検定教科書に対する苦情は、選んだ学校じゃなく、検定済みとした文科省がスジじゃないでしょうか?

要するにスジ違いのクレームが、コピーしたような書面が中学校にバンバン送られてきているのです。それだけでなく、「兵庫県議」からも、「OB」「親」と名乗る匿名の抗議者からもです。こうした抗議は灘中以外にも10校あったとのことです。スジ違いの学校への抗議は、これ充分に”脅迫”じゃないでしょうか?抗議する相手が違うのですから。

それではなぜ読んでもいない教科書に抗議するのか、これが問題です。ちょっと考えたのですが、確かに韓国は慰安婦だの徴用工だの鬱陶しいけど、根も葉もないウソで済むことじゃなく、日本は真摯に応えてきました。この学校に対する抗議者たちは、まるで韓国が日本に対するように「反日極左」と学校に抗議していて、つまり韓国と同じことをやっているのです。

抗議する相手を文科省から学校に変え、匿名でコピー文書を送りつける。こんなヤカラ、主義や主張があるようで全くの無恥な(無知ですね)、ホントの自分の意見を持たない悲しいヤカラです。余程オツムが弱いのでしょうね?

蚊のような存在

10t M

2017年8月8日
ちょっと前のこと、中古ビデオ屋(DVD屋というべきか?)を徘徊していまして、懐かしい、珍しいDVDを見つけました。「10階のモスキート」です。ソコソコ有名だと思いますが、ジャケットにGood Price¥2380と書いてあるのに¥2950??シャーナイと購入しました。

ご存知、内田裕也の映画ですが、1983年製作だったのですね。ストーリーは、うだつの上がらない警官が離婚し、昇級試験に落ち、酒に溺れ、オンナに溺れ、ギャンブルに溺れ、借金漬けととなり、郵便局強盗をやらかす映画です。内田裕也の映画は2~3作あったと思いますが、その中の1作です。

もう完全に細部を忘れていまして、当時の秋葉原や原宿の様子、競艇場での横山やすし(客)やビートたけし(予想屋)のお決まりの演技、そしてプログラムを打ち込んで単純な文字や形を表示する当時のパソコンが懐かしいのです。さらに日活映画ですから、吉行和子や宮下順子や風祭ゆきといった女優、安岡力也や佐藤慶といった俳優、みんな懐かしいのです。監督は崔洋一ですが、邦画は不案内です。

ホント、久しぶりに観たのですがオモシロイです。軽薄で浅はかな当時の世相をよく顕しています。でもこのオモシロさは内田裕也のバイオレンスでして、素人役者の計算されない素人っぽい表現が生きているのではと思うのです。作られていない素人の無表情が、狂気を表していてオモシロイと思うのです。そしてヒトを蚊のような存在として描いている?(ん?これが北野武のバイオレンス映画の元なのか?北野映画嫌いだけど・・)

ちょっと苦言を・・・。ジャケットの写真とか裏表紙の写真ですが、この写真のシーンは本編に無いのです。本編に無いシーンをジャケットに使っていいのか?おそらく30年以上前の映画で、ジャケット写真に監督は無関係と思いますが、スチール写真は別に撮るのでしょうが、なんかナサケないぞ!(・・でも当時を知るにはいい映画です。・・でも販売価格は5000円前後で、中古で3000円前後が妥当じゃないでしょうか?余計なことですね。)

余りものの寄せ集め

2017年8月4日
なんか鬱陶しい天気でして、陽は出ていないのに暑くて、ジトッと汗ばんできます。なんかイヤな天気ですが、政治のニュースも相変わらずイヤなことばかりです。内閣改造後の支持率が出ていましたが、30数%とのことですが、分厚い雲がかかった空を見て天気を占うようなものです。なに、この数字?

民進党のことはほとんど興味がないうえに、無くなってもいいと思っているのですが、話しは民進党ですが、すべての政治家に当てはまることを・・・。

レンホーの党首辞任がありまして、党首がダメなら政治家もヤメテしまえばと思うのですが、今度は細野ナニガシという議員が離党するとのことです。そのナニガシさんの弁に「政権政党云々・・」というのがありまして、そのために新党結成とか仰っています。新党を結成して政権政党を目指すというのでしょうが、民進党に何が欠落しているか、なにも分かっちゃいないですね。

あまりに基本的なことを書きますが、「何のために政治家になるのか?」この問いにちゃんと答えられる民進の先生はいらっしゃるのでしょうか?(まぁどこも同じだけど)大きな答えは「国民のため」「国家のため」でしょうが、それじゃ国民や国家のために何をどうやる?これがまったく見えないのが民進党です。

党としての方針、党是ってやつですか、これ何一つハッキリしていない。方針を定めず何をやりたいのでしょう?レンホーも方針、方向性は何も示していませんし、ナニガシさんだって同類です。そうこの党の致命的な欠陥、欠落しているものは党是なのです。短期間政権を担った際に、大震災の際に、この欠落が致命的だと露見したのです。

それでナニガシさんは「新党を結成して政権政党」と仰っているけど、まぁどこの党も同じようなものだけど、まずは何をやりたいのかハッキリさせてからにして欲しいものです。まぁ方針や方向性がないのはどこもだけど、民進党は際だっています。それと、幹事長探しには協力せずに、レンホーがサジを投げると立候補してきたのが2人いますが、そんな根性ではいつまでも”余りものの寄せ集め”からは抜け出せないでしょう。

宗教は難しい

2017年8月3日
内閣改造とのことで、新閣僚の名前が挙がっています。ちっとは興味を持ったほうがいいとは思いますが、あまりにヒドすぎた「お友達内閣」を少しばかり改善しようとしているだけです。あんまりシラけたこと書くのはヤメましょうね。

今日は時期的に的を得た話題で、「檀家制度の廃止」というニュースです。「このままでは檀家は増えません。見性院(お寺の名前)は衰退して、やがては存続の危機を迎えます」。これは檀家制度を廃止した埼玉のお寺の住職の弁ですが、このお寺、宗教・宗派、国籍も問わない、檀家ではない信徒を対象とした宗教活動に移行したとのことです。

さらにこの住職、こういうことも述べています。「お寺が収入を増やすことは悪いことではありません。お寺も経営力を持って初めて、地域や信徒のためになる社会事業を行えます。葬式や法事も取引である以上は、僧侶も半分はサービス業です」。やっとというか、ついにというか、半分ですが、宗教は商売という発言が宗教者から出てきました。そしてさらに商売として、お布施や戒名の価格を明朗会計化して値下げし、アマゾンの「お坊さん便」にも賛同し、そして決定打は収支を公開している点です。

「ん?会社じゃん?」と思いますが、宗教行為ってほとんどが葬儀だと思いますが、葬儀費用の明確化は望ましいことですが、詳しいことは知りませんが、免除される税金との整合性は取れているのでしょうか?まぁ税金はともかくとしても、葬儀って慣習のカタマリで、国籍や宗教を問わない葬儀ってOKなんでしょうか?なんだか分からないことだらけで・・。

この記事、半信半疑なのです。檀家制度の廃止はいいことと思いますが、明朗会計もいいことと思いますが、僧侶がいつまでも尊崇される存在じゃないこともありますが、こうした直截的な変化でいいのだろうかと思うのです。「イヤ僧侶じゃない!お経だ!」「お寺じゃない!自分の気持ちだ!」と、宗教(葬儀)に寄せる思いは各人各様です。お寺の商売化は避けがたい変化なのかもしれませんが、自分一人で決めつけられない問題でもあり、葬儀という一面でも宗教は難しいですね。

「葬式はなくなる」。これはもう10年以上前に、名古屋の葬祭業者から聞いた言葉です。100年、200年というスパンで見ればなくなる可能性はあるでしょうが、でもそれは葬儀が副次的な行為となったときです。葬式は二の次、これも考えれば怖いことですが・・・。やっぱり宗教は難しい。
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Author:等閑堂
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