刻苦の民

2017年4月20日
ヒトの言動や組織の実態などを見て、咄嗟に「このバカタレ!」と反応することは、世の中ソウソウありません。それが政治家と官庁にタテ続けにありました。政治家は安倍チャンで、官庁は文科省です。

まず安倍チャンですが、このバカ「私が申し上げたことを忖度していただきたい」と言いやがったのです。とある商業施設のオープン式典でのことですが、内容は他愛ない地方の名産品についてで、各地の名産品を挙げたあと「残念ながら山口県の物産等々が書いてありませんが、おそらく(店頭には)あるんだろうと思います。よく私が申し上げたことを忖度していただきたい」とノタマッタのです。

「喉元過ぎたら・・・」を実践したつもりでしょうが、もう過去のこととしたいのでしょうが、森友”忖度”疑惑はなにも終わってはいません。野党がモタモタしていますが、安倍チャンやバカ嫁の疑惑はまったく判明していません。余裕をカマしているのかもしれませんが、国民や野党をバカにしすぎてはいませんか?

次は文科省ですが、文科相のバカは「先輩証」です。文科相を退職したOBに対して、「先輩証」なる証明書を発行していたそうです。(省庁のやることか?)そしてこの「先輩証」を携行すれば、堂々と庁内を闊歩できるそうです。まぁ省庁ですから誰でも自由に闊歩できるワケはなく、それなりの関係者しか出入り自由じゃないでしょう。それじゃ「先輩証」を入手できた一部の先輩を出入り自由にする理由は何でしょう?

文科相はいま天下り斡旋疑惑じゃなく、天下り斡旋事業で問題となっています。斡旋事業を省を挙げてやっていたワケで、その打ち合わせのための省内出入り自由の「先輩証」だったのでしょう。しかし、いくら鼻薬や口利きが横行する、フツ~のこととなっているとは言え、なにも省内で打ち合わせする必要はないでしょう?でも省内でやりたいと、だから「先輩証」を発行しなければならなかったのでしょう。バカですね。

どちらの件も「バカじゃん?」の一言で済まされてしまいますが、どちらも国民の税金で、国民の付託を得ているとばかりに好き勝手やっています。今、国民と打ったつもりが「刻苦民」となってしまったのですが、ホントに国民は刻苦の民でして、ホントはバカな話しでは済まないのです。
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難解な記事

2017年4月19日
今年の春は異常に暖かいようですが、当地では異常に強風の日が多いのです。我が家は利根川の大きな橋の近くにありまして、大きな河原があるということで、強風が河原を吹きすさぶさまケッコー凄まじいのです。

ネットニュースを読んでいましたら、安倍チャンが北朝鮮状況を語っている記事がありました。ワタシの理解力が不足しているのか、記事を読む目がクモッテいるのか、記事を書いている記者の作文能力の問題なのか、???、どっちなの?何を言いたいの?不思議な記事を見つけてしまいました。

ちょっと安倍チャンの言を並べます。
①「北朝鮮が真剣に対話に応じるよう圧力をかけていくことが必要だ」
②「上陸手続き、収容施設の設置および運営、(日本政府が)庇護すべき者にあたるかのスクリーニングといった対応を想定している」
③「北朝鮮は軍事力を誇示しているが、外交努力を通じて平和を守ることが重要だ」
④「同時に、『対話のための対話』では意味がない。トランプ米政権はこれまでの『戦略的忍耐』という考え方はとらないことを明らかにしている。全ての選択肢がテーブルの上にあるという考え方に立って問題に対処しようとしていることは、わが国として評価している」
⑤「米国や韓国と緊密に連携しつつ、中国に対し、さらに大きな役割を果たすよう働きかけていく」

流れを読み解かなければなりません。①で対話の重要性をあげ、②で朝鮮半島有事の際の対応、金王朝崩壊後の想定を説き、③でやっぱり平和を守るに戻り、④で米国の『戦略的忍耐』の放棄、すべての選択肢、つまり開戦もあることを評価し、⑤でとりあえず中国に下駄を預けるとなっています。①や③で平和的な解決を匂わせていますが、④で『対話のための対話』を否定して、武力をチラつかせて、⑤で中国の対応を待つ・・・ということですよね。

これワタシの読解力では、武力衝突(開戦ですね)となったら中国の責任で、日米は仕方なく参戦すると言っているように思えます。北朝鮮を庇護する気はありませんが、日朝間では「対話」がまったく無く、「対話」の努力すら無いのが現状です。こんな状況で開戦となれば、それじゃシリアに突然爆弾を落とす米国となんら変わらず、これが「戦争を放棄」した国のやることでしょうか?

しかし、この記事の難解さは何でしょう?これも責任逃れ?「文責はありません」と逃げるための難解さなのでしょうか?

記録と記憶と

2017年4月13日
ニュースのヘッドラインを見ただけですが、なにやらデジタルカメラ市場がスゴク縮小しているらしいです。そういえばワタシもデジカメ7~8年買ってませんし、購買意欲そのものが湧いてきません。なんでもピーク時の5分の1らしくて、ワタシ仕事としてカメラハードから離れてよかったのかな?

こう見えても(見えないけど)ワタシ、カメラコレクターでして、コンパクト・一眼・中判・大判カメラまで100台を越すカメラを所有していました。それがコレクター期の終わりの頃には、蒐集することの虚しさのようなものを感じていました。100台あっても物理的に、時間的に使えるカメラは数台で他はただ持っているだけです。所有している喜びより、使えない虚しさの方が大きくなってヤメました。

その時もう一つ考えたのが、写真にとって重要なのはハードなのか、ソフトなのかという問題です。ハードはもちろんカメラそのものですが、ソフトはプリントの作り方もあり、プリントの飾り方や見せ方もあります。簡単にカメラハードとアルバムや額縁では、どちらが写真を楽しむために重要なのか?そんなことを思ったのです。

この考え方でカメラ市場を見ると、この国の市場はカメラハードに大きく偏っているのです。高い一眼レフで撮影して、数百円のプラスチックフレームに飾る。数十万円のカメラはあっても、数千円の額縁はなかなか無く、あっても売れないのです。でも飾られる写真とは、その方にとって大切な家族だったり、恋人だったり、好きな場所だったりします。そんな写真を飾るのに百均のような額縁でいいのかと思い、重要なのはソフトじゃないかと思うようになったのです。

これは現状のデジカメ時代では、さらに甚だしい偏りとなっています。ワタシはデジタル過信の時代と思っていますが、写真は記録であり記憶であるのですが、記録や記憶とデジタルはホントは遠い存在なのです。理由の一つは記録媒体で、媒体(フロッピーやCDやフラッシュメモリー)は時代とともにイヤでも変りますし、大量記録はいつだって大量記録喪失と隣合せで、永続性があるワケもないのです。

そして記憶ですが、モニターで見た画像は記憶から簡単に消え去ります。昔見た映画を再度見ると、ナント記憶違いが多いことか?ヒトの脳は記憶を都合よく捏造しますので、とてもアテにならないものなのです。それじゃどうするのとなりますが、記憶を保つには、やはりモノとして、形を伴ったモノじゃなくてはダメなのではないでしょうか?

デジタル機材は電気と電波がなければ何の役にも立ちません。デジタル全盛の時代ですが、プリントして飾る習慣が消え去ろうとしていますが、ワタシは今の時代こそアルバムや額縁が必要で、飾るモノが広がることがカメラ復権に繋がるのではないかと思っています。ゴメンナサイ。業界人としての意見を開陳してしまいました。

80歳定年制

2017年4月12日
なにやら、今上天皇の退位の意向に沿った特例法案が、5月の連休後に発表されるそうです。立法化にいたる経緯や、退位そのものが広く国民に支持されているといったことまで書き込まれるそうですが、「本当か?」とちょっと訝しい点があります。

退位後の天皇の称号は「上皇」、皇后は「上皇后」、皇位承継順位と摂政就任対象者からは外れ、皇室会議の議員にもなれない。葬儀は「大喪の礼」で、墓所は「陵」となる。身分としては「内廷皇族」となり、生活費は内廷費から支出され、補佐する組織が新設される。等々とあり、もっと細々と決めているでしょう。でも何か引っかかるのです。

それはもっと根本的な決め事で、この法案が今上天皇に限った法案と強調されていて、退位の要件が決まっていないのです。すると、いまの皇太子が天皇となり、また高齢までお努めなったとしたら、その時もまた今上天皇に限った法案を立法化するのでしょうか?天皇陛下に定年を定めることはできないのでしょうか?

「体が動く限りはお努め下さい」が原則のようですが、変更する考えはまったく無いようですが、これは皇室典範の規定なのでしょうが、とても非人間的な規定ですよね。天皇陛下が自身の口から、皇室典範や皇室関連法案に言及することは出来ないでしょう。それが今回”退位の意向”を出すことで制度変更が出来るようになりましたが、向後ずっと”退位の意向”を出し続けなければならないのでしょうか?なぜ”退位の要件”を決めないのでしょうか?

おそらく”伝統”という言葉が帰ってきそうです。「上皇」も「大喪の礼」も「陵」も”伝統”と言うのでしょうが、”象徴天皇”そのものが伝統じゃないのですから、”伝統”に拘る、一辺倒の固定化した考え方も変らなければならないと思うのですが・・・。それでタイトルの「80歳定年制」なのです。80歳が精一杯じゃないでしょうか?

社会は変化する。社会が変化すれば、ヒトも同じように変化する。天皇は”現人神”から”象徴天皇”に変化しました。この時に”伝統”も変えるべきだったのです。天皇陛下にも余生を・・・じゃないでしょうか?

生粋のギタリスト

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2017年4月11日
今日は終日、雨のようです。そして寒い!このところ少しばかり暖かい日があり、「やっぱりお日様はええな~」と感じていたのに、先日の暴風雨でずぶ濡れになったこともあり、雨はもうご勘弁いただきたいものです。

今回はCD発掘シリーズですが、マイケル・ブルームフィールドを以前から紹介したかったのですが、この方、なかなか捉えどころがなくて時間がかかってしまいました。先日マイケル、マイケルと棚を探しましたら、出てきました。彼名義のCDが8枚も・・・。1枚は頻繁に聴いていたのですが、あと7枚も・・・。彼は1981年に38才で早世していますから、ワタシが買い漁っていた90年代には、追悼モノ、未発表モノ、かき集めモノなど出揃っていたのでしょう。そんな中から3枚ほど・・・。

おそらくもっとも彼を堪能できるのは「ESSENTIAL BLUES 1964-1969」で、ちょっとかき集めっぽい「THE GOSPEL OF BLUES」、そしてワタシの愛聴盤であるインストルメンタルの「Blues,Gospel and Ragtime Guitar Instrumentals」がよろしいのではないでしょうか?ライブ盤の「LIVE AT THE OLD WALDORF」もとてもいいけど・・・。

「ESSENTIAL BLUES 1964-1969」は1994年に出ていますが、これとてもイイ拾い物です。1965年のバターフィルド・ブルース・バンド以前の、1964年の演奏が5曲も入っているのですから。この5曲の演奏は米国音楽界の大御所であるジョン・ハモンドが、ブルームフィールド等の若いシカゴブルースメンを集めて録音していたものです。スゴイ先見の明!(そして、それが我が家の棚で20年以上眠っていたのです。)

ブルームフィールドのエレキ・ギターは、「EAST-WEST」で世に出て、アル・クーパーとの「スーパー・セッション」で頂点に達しました。でも、もう一つ彼にはイイ音があるのです。アコースティック・ギターです。これが「THE GOSPEL OF BLUES」でして、アコーステック2本でのゴスペルがとても美しいのです。そうすると彼のルーツはゴスペル?

マイケル・ブルームフィールド、ギタリスト・パフォーマーとしては超一流でしたが、音楽的な人生が恵まれていたかといえばどうでしょうか?ジョン・ハモンドやバターフィールドとの出会いはグッドラックでしょうが、その後はハードだったのではないでしょうか?(彼は、ディランの最初のエレキバンドのギタリストでもあったのですよ。)

「ESSENTIAL BLUES 1964-1969」では、アル・クーパーがライナーノートを書いていて、最後に「『BORN IN CHICAGO』と『WORK SONG』はバターフィールド・ブルース・バンド在籍時のブルームフィールドの青二才時代の録音からである」とあります。”青二才”とはオモシロイですね。でも彼には”名人”や”達人”や”巨匠”は似合わない。彼は生粋の”ギタリスト”だったのでしょう。
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等閑堂

Author:等閑堂
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