持ち上げるな!

2017年5月25日
ちょっと昔のこと、ワタシ、メルマガを週一だったか、3年ほどやっていました。(ホント、ヒトはすぐ忘れますね。)ムリして続けようとすれば出来たかもしれませんが、政治家や著名人のアゲアシをとったり、世の中の風潮を嘆いたり、そんな記事を書くのが苦痛となってきて、性格が曲がってきそうでやめました。息抜きじゃないけど、そんな経験もあって、ときおり「CD発掘シリーズ」や古い映画をとりあげています。

ヒトを罵倒することは案外カンタンでして、吐こうと思えばツバはカンタンに吐けるのと同じです。もっとカンタンなこともあります。それはヒトやモノを”持ち上げる”ことで、「アンタはエライ!」や「こんなもの見たことない!」はカンタンです。”罵倒”には”罵倒”が返ってくることがありますが、”持ち上げる”はそんなに突っ込まれることはありませんので、”持ち上げる”のはアリかもしれませんね。

ネットの世界で、まぁFaceBookですが、ここで”罵倒”はほとんど見ませんが、”持ち上げる”はケッコー頻繁に見受けられます。(「いいね!」は”持ち上げる”そのものです。)「イョ!社長」とか「サスガ!」といった言葉ですが、ワタシ、よくこんな言葉を書けるなぁ~っと感心してしまいます。森重久弥の社長シリーズ(古い!)じゃあるましに、「オマエは三木のり平か?」っとなりませんか?

何が言いたいのか?ワタシ、”罵倒”モノはあまり書きたくないし、”持ち上げる”のは苦手です。しかし世の中、悪いウワサと良すぎる話が大好きなようです。悪いウワサはともかく、良い話、良すぎる話なんて実際にはほとんどなく、そんな話には”ウラ”や”意図”があったりします。そう、今のこの世の中、何かに誘導する、なにかを暗に匂わす話に溢れています。これが鬱陶しいし、こんなものと同類と思われるのがイヤです。

Youtube で「こんなものを買ってみた」とか「こんなことをやってみた」というビデオがありますが、Youtuber というのか、なんでこんなものが蔓延るのが不思議です。恣意的に変ったことをやる、強引に話題を作るって鬱陶しいだけじゃないですか?世の中が変わってきているのか、ワタシが古すぎるのか、どっちか分かりませんが、”持ち上げる”をやめませんか?
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今上陛下七十歳制

2017年5月23日
天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」との発言があり、さらに『被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀だけを続ければ退位する必要はない』との主張が展開されたそうです。

これに対して宮内庁幹部は、「陛下は抽象的に祈っているのではない。一人一人の国民と向き合っていることが、国民の安寧と平穏を祈ることの血肉となっている。この作業がなければ空虚な祈りでしかない」と語っています。しかし、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」ってどれだけバカな有識者が言っているのでしょう?「続くこと」と「祈る」こと以外の公務の多さが問題となっているのに、それ以外は役割じゃないと・・・。

そして、やはりこれがもっとも重要なポイントである”一代限りの退位”という愚案。なにか他の意図があるのかもしれませんが、”嫌がらせ”としか思えません。今上陛下がご自身の一代限りの施策を求めるている・・わけありません。これから先の”天皇”を慮っているのです。有識者は、天皇はヒトではなく”神”であって欲しいのでしょうが、”神”は神話の中にしか存在しません。このヒト達、いったい何の有識者なのか?それともこれにも安倍チャンの思惑が絡んでいるのか?

天皇陛下の引退ってそんなに難しいことでしょうか?どうしても天皇陛下でなければならない公務って、国会の開会や大臣の認証(任命書を渡すやつ)ぐらいでしょう?それ以外は政治家や各団体の”ハク付け”で、それこそ自分等の欲望の充足のために引っ張り出しているだけでしょう?それで引退の制度化もダメって・・・オマエラ鬼か?

何度も書いていますが、天皇陛下は”ヒト”なんです。”ヒト”が”ヒト”らしく生きていく。なんでこれを否定できるのか?天皇陛下を敬っているかのような輩が、天皇陛下を”ヒト”とせずこき使おうとしている。「宮中祭祀だけ続ければ・・・」って、”現人神”時代の再来を狙っているのか?バカな有識者メ!「今上天皇七十歳制」でいいんじゃないですか?

RICK DANKO

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2017年5月18日
忘れた頃に出てくるのがワタシの「CD発掘シリーズ」でして、前回発掘したマイケル・ブルームフィールドが9枚もあり、これを聞き込むのに随分時間がかかりました。よくよく聴くと、時代が過ぎるほどにマイケルのアルバムはアコースティックが増えてきて、エレキとアコギのみの曲なんてのがありとてもいいんです。

それで今日の発掘CDはリック・ダンコの「RICK DANKO」、1977年発売のリック唯一のソロ名義のアルバムです。リック・ダンコ、そうかの「THE BAND」のベーシストのリックです。THE BAND の解散コンサート「LAST WALTZ」が1976年ですから、ちょっと地味な存在だったリックは途切れることなく音楽活動をやっていたのですね。

この「RICK DANKO」、10年ほど聴いていませんでしたが、まったく知らなかった、または忘れていたのは参加ギタリストの豪華さです。ロニー・ウッド、ブロンディ・チャップリン(元ビーチ・ボーイズ)、エリック・クラプトン、ダグ・ザーン(よく知らない)、ロビー・ロバートソン(THE BAND)、etc・・・スゴイでしょう?

この「RICK DANKO」には素晴らしい曲が入っています。「SIP THE WINE」と「SMALL TOWN TALK」この2曲は名曲ですよ。「SIP・・」は、映画「LAST WALTZ」でスコセッシ(監督)とリックが、「あの(LAST WALTZ)後、なにやっている?」「音楽漬けの日々を送っているよ」との会話のバックに流れています。リックのボーカルが素晴らしい!

リックというミュージシャン、本当に「音楽漬け」でしたね。日本でヘロイン所持(不法入手?)で逮捕されたりしましたが、基本、リックは音楽に対しては真摯でした。(ハッピー&アーティの)トラウム兄弟のラジオ番組でのコンサート盤も聴いたことがありますが、とにかくハートフル、ナイスガイです。そんなリックも1999年に亡くなり、5人だった THE BAND も2人となってしまって・・・ヒトは老い、ヒトは忘れる。だけどイイものはイイのです。

オマエうるさい!

2017年5月17日
世の中、くだらないものが幅を利かすと、さらにくだらない現象が起きてしまうようです。”いいねクリック農場”なる記事がありました。大量のスマホと大量の人員を揃え、大量の”いいねクリック”を人為的に行うそうです。くだらないの極地ですな。

なんでも中国やロシアで実際にやっているとのことですが、ということはクライアント(注文主)がいるということで、記事では”横行”しているとあるのでクライアントも大量にいる、ビジネスとして成り立っているということですね。騙そうとするクライアントと騙される大衆、これどちらが愚かなのか?どっちも愚かですな。

余計なことですが、ワタシの思考法ですが、お金の流れを考えると事の本質が分かりやすくなります。まず大量のスマホですが、これ本体+電気代+通信費でケッコーします。それと場所代に人件費ですからかなりの資本を要します。それで百万クリックを発注すると How Much ?これで推測すると削ることが出来るのは人件費で、メチャクチャ人件費が抑えられているんでしょう。 言い方を変えると、メチャクチャな人件費が基本となる商売じゃないか・・・と。最悪の商売ですな。

岡倉天心が百年以上前に「最近のヒトは耳で絵を買う」と書いています。これは絵を自分の目で観て価値を計るのではなく、聞こえてくる他人の評価で計るということです。ネットのクリックもまさにこの他人の評価で、まぁそれらしく見せるためには何万、何十万、何百万といった量が必要となるでしょう。しかし、ウソも大量に集めればホントになるのでしょうか?

これは判断すること、評価することを他人に委ねるヒトが多い。また、ヒトは煽ればカンタンに洗脳できる。思い込ませることができる・・・と思われているのです。きょうびの大衆はこんなものに騙されているのです。”いいね!”があり、”よくない!”もあったと思いますが、”どうでもいい”とか”オマエうるさい!”ボタンなんかあるといいですけど・・・。

考える余地

 ワタシは余計なお世話と思いますが、インターネットでよく覗くページ、買ったもの、クリックしたページに関わるものが、こちらの意図に関係なくページのあちこちに顔を出す技術キライです。例えばお米を買えば、お米を売っているページの案内がアチコチに・・・といった具合となっています。ホント余計なお世話で、決めつけるな!と思いませんか?

 ワタシ、あまりYouTubeに嵌らないようにクリックを控えていますが、最近YouTubeを開くと1/3ほどがネコの動画となってしまっています。ネコには勝てません。そう、ネコは見てしまうのです。ここに出てくるネコは、自分のことをネコではなくヒトと勘違いしているかのようにヒトっぽくて・・・ネコには敵いません。

 ワタシ、ネコが好きで、鳥が好きで、遭遇するとつい見入ってしまい、時間が許す限り観察します。すると、ヒトと他の生物との違いは何だろうとたまに考えたりします。もっと近い存在で、ヒトとサルはどう違うのかと考えます。アフリカで誕生しサルから進化したヒト科の生物と、進化しなかったサルとの違いはと考えるのです。

 とある本に、バラバラの分野の本を濫読しますので、どの本にあったのか不明ですが、面白いことが書いてありました。それはヒトの特長についてです。ヒトがジャングルを歩いていて、妙な形の木を見つける。何に使えるか用途は不明だけど、何かの役に立ちそうだとヒトは考える。それですぐには使えないものを持ち帰る。これがヒトの特長だそうです。

 これは要するに、将来的に使えるかもしれないという”考える余地”を持つか、持たないかじゃないでしょうか?ネコは隣家のスリッパを咥えて帰ってきますが、ネコが将来的にスリッパの利用を考慮しているとは思えません。冬眠する熊が食物を蓄えるのは将来的に食べるもので、必要なものだから”考える余地”はありません。ヒトには蒐集癖というものもありますが、これは欲望と二人連れですので、これも対象外です。

 何でもため込んでしまう性癖のヒトは多くいて、「これ何?」と親に叱られた経験を持つヒトも多くいます。モノを捨てられないヒトも多くいて、おそらくこれは、後々の”考える余地”に期待を持っているためでしょう。拾ったものが、ゴミと思われたものが役に立つ。これは楽しいことです。

 こう考えてくると、”考える余地”って重要なことですね。”考える余地”があるから、ヒトは争うことなく物事を解決できます。”考える余地”があるから、他人を慈しむことができます。”要る””要らない”、”やる””やらない”、”スキ””キライ”。単純明快で分かりやすくていいけど、そこからは何も生まれないでしょう?”余地”を持つことが大切なのではないでしょうか?ヒトですもんね。
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等閑堂

Author:等閑堂
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